先生、帰ります




「誰の許可取って動いとんの自分」

「平子隊長…」


惣右介に茶でも持って来させよ思て、ふと廊下に気を巡らすと思いもよらない人物の霊圧にぶつかった。

怪我してたんと違うんかいな。勿論、傷なんて残ってへんけど、動くな言うて休みを取らせたはずのあいつの霊圧。

腹立たしいやら心配やらで、開けた襖が思ったより大袈裟にぴしゃりと音を立てた。



「何してはんの。寝てろ言われませんでした?この俺に」

「言われました…けど、元気なのに寝てられませんもん」


お茶持って来ましたよ、なんて別嬪な顔で笑われたかて、まだ顔は白いし、第一その気配り上手が仇んなって、余計な怪我したのは誰でもない。彼女自身。

援護の遅れた俺に平気ですよと笑った顔がフラッシュバックして、茶が落ちるのも気にせんと彼女の腕を強く引いた。



「隊長っ、」

「黙っとけアホ」


強引に部屋へ押し込めて、またぴしゃりと大きな音を立てた襖に背を向ける。

なんやまるで、いかにも余裕のない男みたいやったけど、こいつのこととなれば理性がうまく働かんのやからしゃーない。

黒い着物に白い顔。お飾りのような栗色の髪のバランスに、寂れて閉鎖的だった空間が華やいで見える。

表情は申し訳なさそうでいたたまれんのやけど、それさえ俺をソソっているようで。

怒鳴り散らしたい気持ちが先行していたはずやのに、今は彼女の存在丸ごと抱きしめて、温もりを両腕いっぱいに感じたい(やっぱり余裕ないんかなあ)



「人の好意は素直に受け取るもんやで。母ちゃんに教わらんかったか?」

「すみません。せやけど、隊長が働いてらっしゃるのに私だけ休むのは」

「そんなんどうでもええねん。大事な身体やろ」


って、今の言い方、なんや変態臭ないか?

腹にガキのおる嫁さんに言うみたいなニュアンスで、思わず飛び出た言葉やったけど、よくよく考えたら大事なモンは大事やし。

それでええかと思い直す柔軟性に内心頷きながら、窺い見た彼女の顔は、びっくりするほど赤かった。



「顔赤いで」

「い、言わんといてください!驚いただけです!」

「初やなァ」

「隊長と違て遊び慣れてませんから!」

「うわ傷付くなァ。うん、めっちゃ傷付いた。どうしてくれんの?」

「どうって言われても…」


こら休まなアカンやろ?素早く彼女に身を寄せて、ここまで赤くなるんかっちゅうくらい染まった耳にわざと低く、甘く呟いた。

びくんと震えた彼女が愛しくてホンマ堪らん。小さい身体は俺の腕にすっぽり収まって、僅かな抵抗か、羽織を掴む仕種はもはや俺を煽るだけの浅はかな行為でしかない。

丁度ええ位置にある肩は俺の顎をしっくり受け止めて、今ほど猫背が有り難いと思ったことはなかった。

頬に当たる短い毛先の柔らかさも、細いうなじから香る優しいコロンの甘ったるさも。

凪いだ水面のように穏やかになる気持ちは、こうなることが当たり前やったみたいに俺の芯を貫いていく。



「心臓の音めっちゃ早ない?」

「あ、当たり前ですよ!こんなことされたら」

「お前やのうて、俺」

「え…?隊長がですか?」

「好きな女抱きしめてんねんで、ドキドキしてしゃーない」

「好き…」


つーか、お前も心臓早いってことは、期待してもええねんな?(当たり前とか言うてたんは、照れ隠しとして取るからな)

俺を押し返そうとしていた彼女の手が、羽織をなぞって段々と下に落ちる。

腰の辺りできゅっと力を込めた歯痒い仕種に、普段は大人びた彼女の可愛いらしい幼さが俺の胸を締め付けた。



「今日は早退せんとアカンな。傷付いたし」

「ちょ、あきませんて!理由もそれじゃあ…」

「なんで?傷付けた責任、取ってもらわな…」


説得力のない赤い顔の前でくすりと笑ってみせてから、ずっと焦がれていた唇を塞いだ。




先生、大人の社会勉強がしたいので帰ります。

慰めてくれな、どうなるか分からんで?



end


mimsさん宅50万(+2万)打記念として、こっそり捧げてみます。

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[Monkey Bite]のつくね仁さまより頂いたお祝いの平子隊長!!!!

仁ちゃんは何故にいつも私のツボを突いてくれるんだろうホント。
平子熱上昇中の折、更に熱を上げる一因をしっかり作ってくれました。しかも、ヒロインが関西弁だったのが思いっきりガツンとやられた理由だったり。感情移入しやす過ぎるのは罪だ
遠慮なく頂きます。ありがと
2009.03.19 mims
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