いもうと
『シカマルってもし妹がいたら、めんどくせぇとか言いつつ猫っ可愛がりしてそうだよね』
そんなことを言われたのはいったいいつの事だったか…
◇ ◇ ◇
仕事から帰ると、キッチンから漂ってくる美味そうな料理の匂い。
その中で忙しなく動く彼女は、時折テーブルの上に置いたままの携帯を見ては小さなため息をついていた。
「ただいま」
「あっ、シカ。お帰りなさい」
俺の姿を見た途端に、綻ぶ笑顔。
けれど、少しだけ苦笑混じりなのが気になった。
「どうした?」
「うん…なまえから、まだ連絡がないの」
「なまえから?」
数ヶ月前に籍を入れた俺達。
両親のいない彼女は、年の離れた妹、なまえと二人暮しだった。
彼女に紹介された時、なまえはまだ中学生。
『シカ兄』と呼んでくれるのがうれしいような、くすぐったいような…
妹が居たらこんな感じなのかと不思議な感じがした。
高校を卒業してすぐに働きだしたなまえは、すぐに一人暮らしを始めるつもりだったらしい。
それを止めさせたのは俺達。
成人するまで一人暮らしはさせたくないという彼女の意見には俺も賛成で…
二人掛かりで説得して、今は彼女達が住んでいた家で三人で暮らしている。
「いつもなら、もうとっくにメールが来てるはずなのに…」
「電話してみたのか?」
「電源切ってるみたいで繋がらないの。まだ残業してるのかしら…」
この頃、なまえの帰宅時間は俺よりも遅い事が増えてきた。
それを心配していないわけではないけれど…
『少しでも残業しないと、他の人達の残業が増えちゃうから』
若者はしっかり働かなくちゃ。
そう言って笑われてしまえば、俺も彼女も何も言えなかった。
でも…
「流石に遅すぎるよな」
時計の針は既に8時半を回っている。
もし今から帰路に着いたとしても、帰り着くのは10時近くになるだろう。
「俺、ちょっと迎えに行ってくるわ」
「え、じゃあ私も…」
軽く着替え始めた俺に、彼女もエプロンに手をかける。
「いや、入れ違いになっても困るから俺だけで行ってくる」
車でなら20分ちょっとで着く距離だ。
その間に連絡があるかもしれないし、もしかしたら、もうその辺りまで帰って来ているのかもしれない。
「そう、ね…」
妹の事となるとかなりの心配性になる彼女は、未だに鳴らない携帯を見つめる。
眉をひそめたままの額に軽く唇を落とすと、ジャケットに袖を通した。
「じゃあ、行ってくる」
「うん。お願いね」
車を出しバックミラーを覗けば、携帯をにぎりしめる彼女の姿がいつまでも映っていた。
◇ ◇ ◇
家を出てから15分程経った頃、胸ポケットで携帯が鳴り響く。
彼女からの着信を告げるその音に、車を路肩に寄せた。
『今終わったってメールが来たよ。やっぱり残業してたみたい』
その内容に少しだけほっとした。
彼女に簡単に返信をし、リダイヤルからなまえの番号を探し出す。
『もしもし、シカ兄?』
短いコール音の後聞こえて来た声は、心なしか疲れたように聞こえた。
「お疲れさん。今どこだ?」
『今?送迎バス待ってるところ。帰り着くまで1時間位かかっちゃうと思うから、先にお姉ちゃんと夕飯食べてて』
疲れてないはずないか。
彼女の終業予定時間は5時。
今、時計は9時を過ぎたところ。
4時間残業、か…
「いや、もう近くまで迎えに来てるからそこで待ってろ」
『え…あ、うん』
少し戸惑ったような声にじゃあなと返し通話を終え、車を発進させる。
窓の外を流れる景色に、人影は殆どない。
時折、仕事帰りだろうサラリーマンを見かけるくらい。
いくら街灯があるとはいえ、この宵闇の中をまだ成人前の女を一人で帰らせるのには抵抗がある。
少し走ればなまえの職場。
その駐車場の入口に並ぶ二つの人影。
ったく、中で待っときゃいいのに…
変な男に絡まれてるのではないかと心配しつつ、ハザードを着けて車を停める。
「あ、シカ兄」
「よっ!シカマル」
運転席から降りた俺の目に映ったのは、笑顔のなまえと片手を上げてニッと笑う友の姿。
「キバ、何でお前がここにいるんだよ?」
「あれ?言ってなかったっけ?オレもここに勤めてんだよ」
「聞いてねぇっつの。つか何でなまえと一緒にいんだよ」
「ああ、なまえちゃんオレの部所で仕事しててさ。さすがに遅くなったから送るっつったんだけど、『兄さんが迎えに来るから』ってフラれたところ。お前の結婚式でなまえちゃんと会ってたから、配属決まった時は驚いたぜ」
キバが一緒にいてくれてよかったような悪かったような…
なぜかイライラしている気持ちを隠すように小さくため息を零した。
「ったく…つうかなまえ、残業途中の休憩時間にでもメールしろよ。あいつが心配すんだろ」
「うん、私もメールしようと思ったんだけど、ロッカーの鍵を休憩室に持って上がるの忘れちゃってさ…ごめんなさい」
彼女が心配するから…
という言葉の中に『俺も心配だから』という言葉を隠す。
なまえの手から荷物を取り上げ助手席のドアを開ける。
「ありがとう、シカ兄。それじゃ犬塚さん、お疲れ様でした!」
「おう、お疲れ。ゆっくり休めよ!」
「は〜い」
なまえがシートベルトに手をかけたのを見計らってドアを閉める。
「悪かったな、シカマル。なまえちゃんにこんな時間まで仕事させて」
「俺がとやかく言う権利はねぇよ。なまえが自分でしてるんだからな。つうか、悪いと思うなら残業ねぇようにしろよ」
「仕方ねぇだろ。それは上に言ってくれ」
確かにそれはそうなんだけどな。
「気をつけて帰れよ!!」
「お前もな」
手を軽く振って駐車場に入って行くキバに手を振り返し、運転席へと滑り込む。
「ごめんね、シカ兄。帰ってすぐだったんじゃないの?」
「気にすんな。こんな時間に女一人で帰らせるのも気分悪ぃからな」
「ふふっ。シカ兄ってばフェミニストだ」
確かに、男だから、女だからという考えは多少なりとも在るが、誰にでもするわけじゃない、…と思う。
実際、こんなふうに女を迎えに来るなんて彼女となまえくらいにしかしていない。
緩やかに流れ出す景色。
車内を満たす穏やかな空気。
窓の外を見つめていたなまえは小さな欠伸。
「着いたら起こしてやるから寝てていいぞ」
「ん〜、大丈夫。起きてる」
いや、目をこすりながら言っても説得力ねぇから。
「飯食いながら寝るなよ?」
「そんな事しないよ」
「ククッ、どうだかな」
「もう、シカ兄!」
結局、それから5分も経たない内になまえの意識は夢の中。
車の振動って不思議と眠くなるんだよな。
なるべく静かに車を走らせていると、ふと昔の記憶が脳裏をかすめる。
『シカマルってもし妹がいたら、めんどくせぇとか言いつつ猫っ可愛がりしてそうだよね』
いつだったか、仲間達と話してた時に言われた言葉。
あの時は、兄妹なんてめんどくせぇだけだと思ってた。
でもこうして義妹ができてみれば、我ながら過保護だと思わなくもない。
あいつらの言葉は間違ってなかったんだろうな。
赤く変わった光にブレーキを踏み、隣で熟睡しているなまえの頭をくしゃりと撫でる。
初めての『いもうと』
もうしばらくは、過保護な兄でいさせてくれ。
‡END‡
‡後書き‡
書いちまった…シカ兄夢(これ夢?)
舞嘉の願望丸出しです(笑)
シカ兄は隠れ(?)過保護だといい(爆)
こっそりmims姉様へ捧げちゃいますvV
700000Hitおめでとうございます!
†櫻輝 舞嘉†
舞ちゃんより頂いた、70万打のお祝い夢です!!!!
ぐはぁぁ、妄想が、妄想が、
あの。ちなみに姉=自分の妄想も美味しいですが、義理の妹って立場もなかなかイケるな…なんて思ってしまったmimsです
舞ちゃん、ありがと
2009.07.08 mims.