一般論なんか通じない

 「押して駄目なら引いてみろ」これは主に恋の駆け引きにおいて有効な手段らしい。だけどそれはあくまで一般論だと思う。目の前でだるそうに欠伸を噛み殺す男を横目に思わず溜め息が零れた。


 ふたりきりのこの空間、といっても別にそれは私たちが恋仲だからとかではない。たまたま日直が一緒になっただけだ。それでも私が奈良に対して恋心を抱いていたことは否定しないし、むしろ好き好きアピール全開で奈良の周りをうろちょろしていたのはまだ記憶に新しい。けれどいくらアピールしても恋仲どころか友達にさえなれないことに疲れてしまった私はつい一昨日から追いかけるのをやめてしまった。だから今の現状は勝手だけど私的に非常に気まずいのだ。たとえ奈良がなんとも思ってない──そう、それこそただ面倒くさいと思っていたとしても。





「奈良」
「あ?」
「もう帰りなよ。あとは日誌だけだし」
「……」
「奈良?」


 返事が返ってこないことで日誌から顔を上げたなら、そこには仏頂面の奈良の顔。まあ奈良が仏頂面なのはいつものことだけど、今日はそれに不機嫌が上乗せされている気がした。私なにもしてないのになあ。それどころか奈良を追いかけるのをやめたことで清々されているはずなのに。疑問に思いながらもそれを口にすることなく私はまた日誌へと視線を落とす。紙の上を走るシャーペンの無機質な音だけがただ静かな教室に響いていた。



 日誌を書くのにそう時間はかからなかった。後は提出するだけだし、そのまま帰ろう。片手に日誌、片手に鞄を持って立ち上がった瞬間だった。


「待てよ」


 それまで無言のまま座っていた奈良の突然の発言に思わず足を止めて振り返った。ところが奈良は次の言葉を口にするどころか、それきりまた沈黙してしまった。うーん、私にどうしろというのか。見れば呼び止めたくせに私を見ようともしない奈良の目が少し泳いでいる。言葉に迷っているんだろうか。あ。も、もしかして今まで私がつきまとっていた鬱憤を今この場で晴らそうとしているのか。いやいや、それなら別に言葉を選ぶ必要なんてないだろうに。奈良の考えることは当然だけど私にはよくわからないから、やっぱり待っているべきなんだろうか。でももう帰りたいなあ。
 ぼんやりと考えていると不意に奈良の顔がこっちを向いた。どうやら言うべき言葉が決まったらしい。唇を真一文字に結んで立ち上がった奈良の姿に、やっぱり格好良いよなあと改めて思った。


「あのよ」


 ああ、とうとう最後通告か。さよなら私の淡い恋心……って、あれだけアピールしておいて淡いとかないか。好きとか言葉にはしなかったけど、あからさまだったもんなあ。きっとウザかったとか言われるんだろうなあ。


「オレ、お前のこと」


 うんうん解ってるよ、ウザかったんだよね。そんな間を置いて話されると心底落ち込むからスパッと言い切ってくれないかな。ついでに顔見せるなくらい言ってくれても大丈夫だよ。むしろ安心して引きこもれるよ。だから、早くはやく。私がまだ普通の顔していられるうちに──


「好き……かもしんねえ」


 うんうんそうだよね。好きなんだよね。解るよその気持ち……って、はあ?


「いや、その……お前、一昨日からこねえし、なんか気になるし、んで色々考えたら、その、す、好きなんじゃねえか、って……」





 どうやら彼はまんまと一般論に当てはまったようです。誰だ奈良に一般論なんか通用しないって言ったのは。あ、私だったか。


fin.
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2012.06.10
えむさまからお誕生日祝いにいただきました。なにこの天の邪鬼なかんじの青い奈良くん!たまらん。
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