揺れる

 一刻も早くこの空間から解放されたい。
学校生活はそれなりに楽しいけれど、朝の満員電車だけは好きになれない。
電車の揺れに合わせ、人の塊が波のように蠢いて窮屈で息苦しくなる。
今日もすし詰めの車内で、窓に顔がくっつきそうになりながら外を眺めていた。

 主要駅でたくさんの人がわらわらと降りていく。
就職するならこんな電車に乗らなくてすむ場所が良い。そんな短絡的なことを考えた。
少し余裕のある空間になり、座席の横にある手摺りに寄り掛かった。
車内を見渡していると、朝日に透ける綺麗な金色が目に入ってきた。
同じクラスの男子。というより今わたしの最も気になる人。
たまに朝同じ時間になり、一緒に登校したりする。
その彼の隣にはセーラー服で頭のよさそうな眼鏡をかけた子がいる。
見かけない制服だけど、どこの学校だろうか。かなりの美人だし、スタイルも良い。
二人は時折り会話しながら並んで吊革に掴まっている。
眼鏡の子が平子君の頭を叩いた。とても親密な感じがする。
朝からテンションの下がる光景を見てしまった。
一限目は科学だし、さぼろうかな。あの先生はノートさえ取っていれば点数くれるし。
 わたしはこちらに気付かれないように彼らに背を向けた。


 駅の階段で平子君と一緒になった。わたしの肩をぽんと叩いて白い歯を見せた。


「おはようさん、なまえちゃん」

 美人の彼女はもう隣にはいなくて、内心ほっとした。
紹介なんてされたら、どんな顔をすればいいのか分からない。


「おはよう。彼女は別の学校なの?」

「ああ…リサか。あいつはただのセーラー服マニアやで」

「ふうん」


 それ以上聞いてはいけない気がして、追求できなかった。本当は気になって仕方ないのに。
セーラー服が好きなのは平子君だったりして。勝手に決め付けて笑いを堪えた。


「今……俺が着せてるとか思うたやろ」

「え、違うんだ」


 真顔で答えたら、彼は「んな訳あるかい」と口を尖らせた。
わたしは平子君を叩けるほど親しくはない。やっぱりあの眼鏡の子が羨ましい。

 


***



 秋晴れの高い空を仰ぎ見て、大きく伸びをする。遠くに見える山は紅く色付き始めている。
ただいま授業の真っ最中、わたしはエスケープして誰もいない広い屋上を占領していた。

 やっぱり朝見た二人のことが気になる。
どうしよう、こんなに平子君のことが好きだとは自覚していなかった。
ひょうきんだけど、たまに真剣な顔をしている時のギャップが気になっていただけだったのに。

 バタン、とドアの閉まる音がして入口の方を見遣ると、パックコーヒーを持った平子君がいた。
うわ……何でこんな時に限って出くわすんだろう。


「なまえちゃんもさぼりかいな」

「天気良いからさ」

「何やねんその理由」

「平子くんこそどうしたの」

「俺もまあ、ちょっと息抜きや」


 隣に座り込み、あぐらを掻いてちゅーとストローに吸いついている。
完全にリラックスしている彼とは正反対に、わたしの心臓はばくばくと煩い。


「わっ!冷たっ!」

 突然足にパックジュースをくっ付けられた。
逃げ腰になりながら見下ろすと、平子君はそれをわたしに差し出している。


「ほら、これ飲み」

「あ、ありがと」

 

 並んで地面に腰を下ろす。
二人だけの秘密の時間みたいで嬉しかった。
平子君はわたしのことを意識している様子は全くないけれど。
あんな綺麗な彼女がいるし、わたしはただの同級生だし無理もない。


「ふああー眠くなってきたで」

「まだ一限目だよ」

 
 返事はなく、彼は寝転んでそのまま眠ってしまった。
風に流されてさらさらと顔に落ちる髪がとても綺麗で、じっと見つめていた。
触れてみたいと欲張りなことを思ったけれど、そんな勇気はない。



「ジュースごちそうさま」


 わたしはそっと呟いて、その場を後にした。



***



 今日も電車を何本かずらした。あの日からずっとそうしている。
理由は平子君に会いたくないから。正確には二人の仲の良い姿を見たくないから。
いつもより早いせいで、ピークの時間よりは混雑していない。
途中から座ることができたし、この方が楽かもしれない。肉体的にも精神的にも。 


 改札を出ると、横断歩道の向こうに平子君の姿が見えた。
一人でいるようなので、彼に近付いて声をかけた。


「おはよう。今日は早いんだね」

「おはようさん」


 彼はポケットに手を突っ込んで、壁に凭れるようにして立っている。


「そっちこそ、最近いつもより早ないか?」

「満員電車が苦手で時間をずらしたんだよ」


 嘘を吐くのは心苦しい。
だけど全てが嘘な訳ではないし、本当の理由を言えるはずがない。


「ほお、そうなんや」

「平子君は誰かと待ち合わせ?」 

「……なまえちゃん待っててんけど」

「……え?何で?」

「一緒に学校行きたいからに決まってるやろ」


 わたしの好きな真剣な顔をしている。これは本気と捉えてもいいんだろうか。
でも、やっぱり気になるのはあの子の存在。


「彼女は……?」

「何の話してんねん」

「セーラー服の美人さん」

「だから、あいつはただの友達や」


 ちょっと引っかかるけど、まあいいか。
平子君の目は嘘を言っているようには見えなかった。


「そっか……勘違いしちゃった」

「これからは毎日一緒や」

「セーラー服着てあげようか?」

「いらんわ……ボケ」



 

 手を繋いで教室に入ったら皆から冷やかさて恥ずかしかったけど、彼の隣は居心地が良くて止められそうにない。










揺れる








end



リクしてくれたmimsしゃんへ
電車あんまり関係ないじゃんな話になってしまいました!
企画に参加してくれてありがとう!!

20091006



紫苑たん@鎖(旧:Tear a chain)よりいただいた、10万打企画作品です!!!
あかんあかん、紫苑たん(>_<。)私やっぱり真子が好き過ぎる。
そして、まさかのリサちゃん登場…嬉しかったよ。実はかなり彼女が好きなんです私(同じ匂いを感じるからか?←)
彼に興味を持ったきっかけは、紫苑たんでした。なので、いま平子を書いてるのは、ほんまに紫苑たんのお陰、ずっと感謝してるよぉぉぉ。
10万打、改めておめでとう!!これからもこっそり応援してます☆らぶ
2009.10.11 mims
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