闇を照らす灯火





「ねぇ、なまえ…兄さんが居なくなったんだ…帰ってこないんだよ…馬鹿だよね…いつもヘラヘラ笑ってて…弱いから死んだんだよね…」

かすかに非難の色を滲ませた言葉でそう言いながら必死に感情を押し殺そうとしていたサイ…

幼い頃から感情など必要無いと叩き込まれてきた『根』の一員である彼は、暗く厳しい任務を遂行する日々の中、血の繋がりこそ無くても兄のように慕い、心の底で家族のように思っていた人が帰らぬ事、即ち死んでしたまったのだと言う辛い現実を何事も無かったかのような顔でやり過ごす事に心をすり減らしているのだと、あの頃の私にはそう思えて仕方なかった…

「あんなに仲良しだったんだもの、辛いよね…でもね、もしかしたらうまくどこか別の地に逃げたのかもしれないわよ…ね?そう考えれば少し辛いのもましになると思わない?」

そう答える私自身、幼い頃大戦で両親を無くし悲しみに暮れている時、両親から受け継いでいるはずの忍としての才能に目を付けた、『根』の指導者であるダンゾウ様に拾われた者の一人であり、厳しいダンゾウ様の指導の元、忍としての力はともかくとして、感情と言う厄介な物を消し去ることが出来ずにいる落ちこぼれの一人だった。



『根』の一員らしからぬ楽観的な考えを口にした私に対して、冷ややかな目を向けたサイは、

「そんな馬鹿な考えをここで口にするなんて、死にたいんですか…それに、百歩譲って兄さんがどこかに落ち延びていたとしたって、里に戻る意志の有る無しに関わらず、もう使い物にならないと判断されれば追忍の手で葬り去られるのがおちなんだから…」

そう言う、彼の感情を殺した言葉の後には、

(どっちにしたって悲しい結末なんだから…兄さんにはもう二度と会えないことに変わりはないよ…)

と言う悲しい言葉が続いているような気がして、強がって唇を引き結び拳を握りしめて立ち尽くす二歳年下の、まだその顔には幼さをとどめたままの彼を、私は母のような姉のような気持ちで思わず抱きしめたのだった。そして、

「大丈夫…サイにはまだ私がいるじゃない…ずっと近くにいるから…約束するから…だから泣かないで…」




――大丈夫だから、サイは1人じゃないよ…




涙こそ流していないけど、心から血の涙を流しているであろう彼を安心させるように、何度も何度も繰り返し耳元で囁き、私は約束した…



それを、

「約束なんて僕達には無意味だよ、僕達はいつだって1人。だって明日をもしれないこの命、すべてはほかの誰でもない、木の葉の為に捧げているんだから。それに…僕は泣いてなんかいない。涙なんかとっくに忘れてしまったよ…」



などと、どこまでも『根』らしい言葉を吐きながらも、抱き締める私の背にそっと手のひらを押し付け、ギュッと抱き付いてきたあの日の彼を、あれから数年たった今でも私は忘れたことなどなかった…

その約束を果たせなかったと言う、苦い後悔の念と共に…




それから間もなく、
『根』において落伍者の烙印を押された私は、時の火影である猿飛様によって暗部の一員として取り立てられ、その時長期の極秘任務についていたサイに別れを告げるまもなく『根』を去ることになったのだ。

そして巡り合わせは最悪で、暗部に配属されてすぐの私に下された任務は、とある情勢不安な国への長期治安警備任務であり、慌ただしく里を後にした私はそれ以降、サイと連絡を取ることばかりか、それから今日までの5年間、里への一時帰還すら許されなかったのだった。

気の張った日々を過ごしながらも、
兄と慕っていた人との死別に傷つきながら、健気に『根』としての職務を遂行して帰還した時、私の不在によってサイが心に思ったであろう、不信感や失望について考えずにはいられなかった…

余計な詮索など許されない『根』と言う組織にあって、私がどの様な理由で望まずして彼の元を去ることになったのかその理由など、他の誰かの口から優しく伝えられる事なんてあり得ないから…
だから彼はきっと思ったはずなのだ…


――ほらね、約束なんて無意味なんだよ。所詮僕達は1人なんだから…




そしてその強がりの裏で心の涙を流す…




――あれだけ側にいるって約束したのに…なまえ、何処へ行ってしまったのさ…。
と………






「久しぶりだなぁ…この景色…」

猿飛様の代から勤めあげた長期任務を終え無事帰還した私は、暗部を辞して、この人員不足の折り今後は里内での後進の指導に当たりながら、上忍としての任務につくようにとの五大目火影からの命を受けた。

そして、

「5年の長きに渡る任務御苦労であった。その功績に報いて、お前には数日の休暇を与える。ゆっくり休むが良い。その後については後日改めるとする。以上だ」

そう言ってニッと笑った女傑の言葉を受け今日こうして、久々の休暇を昔よく訪れた場所で過ごしている私は、懐かしい里の風景を見渡すことのできるこの丘の上で、5年前のあの出来事を思い出しながら、心地良い風に吹かれていた。

「全然変わってないわ…」

眼下に広がる緑溢れる里の風景は、木の葉崩しと言う悲劇を経験したとは思えないほど美しく昔と一つも変わっておらず、懐かしさと共に、昔私が『根』に属していた頃の苦い記憶をも呼び覚ます…

(…この記憶、いっそ捨ててしまうことが出来たら…)

切なくそう思いながら、時折強く吹き付けては、私の長い黒髪をサラサラと乱してゆく風へと儚く願ってみる…



(ねぇ風よ…こんな悲しい記憶、全てどこか遠くへ運んで行ってくれないかしら……)



「ふふ…そんな事出来っこないわよね……あらっ?…」

自分の考えに自嘲的な笑みを漏らし、またひときわ強く吹き付けた風に乱された髪を無造作に払いのけた私は、目の前をヒラヒラと飛んで行く一枚の紙きれに気づき、とっさに手を伸ばし掴みとった。

そして、ゆっくりとそれを広げ見た私の目に映ったものは…




「あ…これは…」




それは、この丘から見下ろした里の風景を鉛筆でスケッチした物だった。

でも、ただの風景画であるはずのそのスケッチは、とても懐かしく、私の心の奥の琴線に触れて、切なく胸を高鳴らせる…

(これって…まさか…)

俄に湧き上がる期待感と不安感が複雑に絡み合い、体の中がザワザワとざわめきだした私に、頭上から柔らかな男の声が降りかかった。



「すみません。その絵、拾って頂いて有り難うございます」




言って、私のすぐ側のひときわ背の高い大木の上から、ひらりと舞い降りてきた人物は…




「…あっ!?……」




目の前にゆっくりと近づいてくる見覚えある忍服の若い男は、紛れもなくサイその人で…

五年の年月が彼を大人びた容貌に変えてはいるが、見間違えようのないあの懐かしい微笑みが浮かんでいた…




「サイ?サイよね!?」




胸の中にあった後悔の念も、後ろめたさも一瞬にして吹き飛んでしまった私は、思わずそう叫んで相手の返事すら待たず駆け寄り、力一杯抱きしめた。

昔とは違い、自分よりもずっと逞しく成長した彼の体にすがりつくような感じになりながらも、それでもありったけの愛情をこめて…




「…なまえ…生きていたんだ…」



抱き締める私の背に、そっと手のひらを滑らせながら穏やかな声で呟いた彼に、私は何度も頷きながら、



「ん…生きていたよ。サイ……ごめんね…一人にしてごめんね…約束守れなくてごめんね…私…」



「馬鹿だね…なんでなまえが謝ったりするのさ?…」




長い間心の中で繰り返していた謝罪の言葉を何度も何度も繰り返す私を、サイはえもいわれぬ優しい声音で遮ると、背を撫でていた手を私の肩に掛けてそっと体を離し、見下ろした。




「…なまえが何故僕の前から姿を消したか…それがどんな理由にしろ君の意志では無いって、僕には解っていたよ…」



そしてふっと瞳を陰らせると、




「兄さんの時だって…本当は解っていたんだ…僕の前から消えたのは兄さんのせいじゃない…弱いからでもない…好きで居なくなったんじゃないんだってこと…だからね、なまえが約束を破ったのだって仕方ないんだ…」




言って、見上げる私に柔らかな微笑みを向けたサイは、ゆっくりと私の耳元に唇を寄せて、優しく優しく呟いた。




−−だから…謝らないで。君が生きていてくれて僕は本当に嬉しいんだよ。有り難うなまえ、生きていてくれて…



「…サイ……」

「……泣き虫だねなまえは…一体幾つなのさ…」

いつの間にか溢れていた私の涙をそっと拭いながら見つめるサイの瞳は、暗く沈み、自責の念で雁字搦めだった私の心をゆっくりとほぐし、これからの未来に温かな希望の光を灯してくれた…

「早く泣きやまないと、ブスになっちゃうよなまえ」

「あ〜っ…酷いなぁサイは…」

彼のからかいの言葉に、大袈裟に拗ねて見せてから、思わずプッと吹き出した私に、

「よかった、やっと笑ったね…なまえはそうじゃなくちゃ僕を照らす明るい希望の光何だからね」

以前のサイからは考えられない様なその言葉に、ジンと胸を打たれながらも、

(…うぅん…あなたの方こそ、昔から私の希望の光だった…暗く厳しい『根』の中で生きていくための灯火だったんだよ…)

と心の中で呟き、共に支え合う希望の光をもう一度与えてくれた今日と言う再会の日に、私は深く深く感謝したのだった…



あとがき

お読み頂きまして有り難うございます。

このサイ夢を、いつも温かく愛のあるコメントで励まし続けてくださいます、mon amour naraの管理人mims様に捧げます。
と言うか、勝手に押しつけちゃいました(汗)
もし気に入って頂けましたら、mims様に限りお持ち帰りOKとさせていただきます。
mims様大好き!いつも有り難うございます!



おまけ

「休暇はどうだったなまえ、ゆっくりと休めたか」

「はい…お陰様で身も心もリフレッシュできました。有り難うございました」

机に肘をつき、こちらをじっと見つめてくる五大目火影に休暇の礼を述べた私に、目の前の女傑はうんと頷き、それからふと視線を逸らしながら私の今後の身の振り方について話し始めた。

「あ〜…それで、今後のお前への任務なんだが…」

「はい?…」

どこか歯切れの悪い物言いを怪訝に思い始めた私は、ドタバタと足音高くこの火影執務室へと近づく者達に気づき、その騒がしさに思わず背後のドアを見つめた。

そして、トントンとドアをノックする音と共に現れたのは…

「な〜んでサクラちゃんじゃなくてお前が残るんだってばよ〜サイ!!」

真っ先に目に飛び込んできたのは鮮やかなオレンジ色を纏った大声の男の子。そして、

「…さぁ…君が弱いから実力のある僕がヤマト隊長のサポートとして残されたんじゃないのかな…」

その男の子に静かな微笑みをたたえながら、スラスラと毒を吐いている黒を纏った人物はサイで…

「おいおい…君達、ここは火影執務室だぞ。静かにしないか」

そして一番最後に彼等を窘めながら姿を表した人は、私も良く知っている、暗部でも火影直轄部隊に籍をおく尊敬する人物だった…



何となく次の任務に察しがついた私は、呆れ顔でこめかみを抑えている火影様に向き直り次の指示を待つ…。

「はぁ…お前たち騒がしいぞ……なまえ、お前には暫くの間こいつらの班で、別任務にでている正規メンバーの補充要員として任務にあたってほしい」

「はい…」


周りの注意など物ともせず言い合いを続ける、暫し任務を共にする事になった同僚達の声を背に、火影様からの正式な下命へと頷きながら、私は目の前に開け始めたこれから始まる明るい未来に思いを馳せた。

そして、昔の悲壮感など微塵も見当たらない、新たに得た仲間とどこか楽しげにやり合うサイの姿にチラリと目を向け、私達を取り巻くすべての闇が、跡形も無く消え去るその日を夢見て、私は心の底から幸せを感じ、そっと笑みを漏らした…





[COCOON'S DREAM]の繭さまから頂いた、親密おつきあい記念(?)のサイ夢でした。
繭さん大好きvv

2008.02.24
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