不純なままで、

 男女がともに過ごす時間。 その中で、二人の間にたったの一片だけでも“想い”という単語が当てはめられた場合に 常に寄り添いくっついてくるのが、ともに過ごす意味…すなわちその動機だ。

 午後の授業の終わり…そして放課後の始まりを告げるチャイムが校内に響き渡ったと同時に、私は教室を飛び出して黒子くんのいる教室に向かった。 昨夜遅くまで起きていたせいで、今日の昼休みに返すと約束していた本を 昼御飯の後特有の睡魔に負けて返し損ねたのだ。
 しかし教室についてみれば既に彼の影はなく、もう部活に行ってしまったのかと慌てて体育館へ向かう途中の階段で目的の相手の後ろ姿を見つけ 急いで駆け寄ろうとしたのがまずかった。
 ずるっと嫌な感覚が右足の裏、シューズ越しに伝わった瞬間 世界はスローモーションで展開され、気付けば私はへたり込むような体勢で階段下の廊下に落っこちていた。 黒子くんが驚いたように振り向いたその後で、鈍い痛みと鋭い痛みが波のようにやってくる。 次の瞬間、黒子くんの空色の瞳が大きく見開かれたかと思えば 急に視界から消えた。

「馬鹿ですね、ホントに…」

 ふいに耳元で彼の声がした。 と思ったら突然身体に浮遊感を感じて、思わず小さく悲鳴を上げて身じろぐ。 そして感じたのは、右足首に走った痛み…だけじゃなかった。

「捻ってますね、完全に」
「う、うぅ…ごめんなさい…」
「あんなに焦らなくても、本なんかいつでも返せたでしょう」
「でも、今日返すって約束してたし…」
「呼んでくれれば気付きましたよ」
「うぅー…いや、咄嗟で…ごめんなさいぃ…」

 痛みと申し訳なさに呻いて謝りながらも、私の脳は全く別の事に対してその機能を存分に発揮していた。
 あの後、言わずもがな“お姫様抱っこ”をされた私が運ばれてきた場所は 黒子くんの家。 校内でも校外でも恥ずかしいくらいに沢山の視線をプレゼントされてしまった私に、神様はこれ以上どんなご褒美をくれるって言うんですか。
 黒子くんの部屋は、彼の制服と同じ匂いがして なんだかすごく気持ちが安らぐ……って、私はどこの変態親父だ! と心の中でつっこんだ後、ふと 黒子くんの手が視界に入る。
 私の右足首にくるくると、丁寧な手つきで素早くテーピングを施す黒子くんの手は やはり怪我は付きものであるスポーツをやっているだけあって器用で慣れていると思った。 と同時に、私を緩く叱りながらも こうして手当てをしてくれる黒子くんを、すごく好きだとも。

「…終わりました、きつくないですか?」
「ありがと、丁度…いい」
「そうですか…」
「うん…」
「…………」
「…………」

 困った。 テーピングの最中はあまり喋らなくても空気的に普通だったのに、手当てが終わってしまった途端に なんだか気まずい。 このまますぐに帰ってしまうのは、さすがに申し訳ない。 果たして何を喋ればいいのか。
 黒子くんが何か話し始めないかと少しばかり期待してみるものの、当の本人は何かを真剣に考えているようで押し黙っている。 とうとう沈黙に耐えかねた私が、そういえばと思いついたことを口に出した。

「く、黒子くん、今日部活は…?」
テスト週間来週からだし、まだあるよね…

 と、そこまで言った後に はっと口を押さえる。 部活の時間を潰してまで黒子くんは何をしているのかって、今の今まで私のドジから始まったことに付き合ってくれていたんじゃないか。 何言ってんだ馬鹿か私。
 しかし、お咎めの言葉が返されるだろうと思っていたのに、黒子くんは相変わらず難しいことを考えているかのように沈黙を保ったままでいた。 男の子が黙って何かを考える顔って、かっこいいけど少しだけ怖くも見える。

「あ…の、黒子…くん?」

 恐る恐る黒子くんの顔を覗き込むように身体を屈めると、彼の視線がすっと持ち上がった。 今までの、何かを押し問答していたような表情とは打って変わって 今度は私の目をまっすぐに射抜く。 開けていた部屋の窓から、少しだけぬるい風が吹き込んだ。

「…ずっと、前から思ってたんです」
「な、何を」
「キミと話をしたり、本を貸し合ったりする時の ボクの動機…」
「はっ……?」

 真っ向から私に伸びる視線は、まるで勝負を挑む瞬間のそれで 思わず射竦められる。 黒子くんの言っている内容が今いち理解出来ないまま、それでも理解しようと脳が何度も苦く再接続を繰り返す。
 ふいに、目の前が暗く翳ったことに視線を上げると 先程座っていたところよりもずっと近くに黒子くんの顔があって、その色素の薄い両目は相変わらず私を捕まえたまま。 そして、彼の唇がゆっくりと動いた。

「不純だなぁ…って」
「…………!!」

 ふじゅん、という言葉が漢字変換されないままに耳の中に入り込み、しばらくはその少ない選択肢の中を必死で泳ぎまわっていた思考が ようやく一つの答えに結び付いたとき、私は動揺を隠すことすら忘れていた。 ふ、と小さい忍び笑いが聞こえて再び顔を上げれば、自嘲とも揶揄いとも取れない笑みを浮かべた黒子くんの姿。 初めて見るその表情に、右足首の痛みなど忘れて ただ意味もなく手探りで後ろへ後ずさった。

「ボクは、キミを、そういう対象として見ています」
「あ……え、そ…の………、」
「今日だって、成り行き的にはキミの怪我を処置するという理由で此処へ連れてきました……でも、」
理由が一つじゃないことにも、気付いてた…

 じりじりと後ずさる私を、少し目を細めて俯いた後で 黒子くんは逃がさないとでも言うように再び視線で捕まえた。 その微かに欲がちらつく瞳に、今度こそ射竦められ動けなくなった私の目の前まで 黒子くんは距離を詰めてくる。 カタン、と音を立てて存在を主張した彼のベッドを背に、私は完全に逃げ場を失ったことを悟った。

「キミも、ボクを見てました」
「!!」

 そうでしょう? と問う代わりに軽く首を傾げた黒子くんを前に、否定が全く出来ない現実を たった今思い知らされた自分が居る。 急に恥ずかしくなって目を逸らせば、間髪入れずに私の頬に彼の指が滑った。

「人間観察が趣味の一つなんです、だからいつの間にか キミの視線に気付かないフリや、本を読むフリまで上達してしまって…」
「く、黒…子、くん……あの、私は…」
「違うなんて、言わせたくないな」
「う……、」

 丁寧な言葉遣いに時折まじる敬語…ではない言葉に、背中の辺りがむず痒くなる。 頬を滑っていた黒子くんの手が、そこを通り過ぎて耳元を擽るように撫ぜた。 びくりと肩を震わせてしまった私を見て、また小さく笑いを漏らすその声にも不快感を感じない。 いや、これは 思わず逃げ腰にはなったものの抵抗をしようと思えないことからして、私の心も多分そういうことなのだ。

「…ボクは、ボクを殺します」
「………え?! 何言って…、」
「“今までの”ボクを、殺すんです…だから」
“今までの”キミにも死んで貰わないと、困る…

 見ていないフリも、距離が近づいていることに気付かないフリも、もうやめにしませんか…と。 お互い自分の気持ちに向きあえたのだから、もう見ないフリも気付かないフリもしなくてもいいでしょう…と。 実直に私の心臓を射抜く一言一言が、試合終了間際 最後の追い込みをかけるタイミングを見失わない彼のそれだった。
 私はそこに惹かれたのだともう一度自らを自覚する頃には、黒子くんの指が髪を梳きながら後頭部に回されて 涼しげな瞳をゆっくりと閉じた彼の整った顔が目の前まで迫っていた。




サボりの件で明日殺されるハズなので、今日は是非キミで死なせてください


mon amourのmims様に、多大なる感謝と尊敬を込めて 捧げます。
実はもう大分前に書き上がっていたのですが、コレを書いた日はまだ原作もアニメも知りませんでした…。
しかし、以前から他の方のお話や絵を見て 内容も知らぬまま勝手に萌え滾ってはいましたので、某支部サイトの百科事典様などにお世話になりながら 他の方々の見よう見まねで書き抜いた!…つもりです←
ほんの少しだけでも、みむさんをジタバタさせたかっただけ…不純な動機でゴメンナサイ(笑)

20120818 ×

Basquiatのぺけさんにいただいた黒子っちに仕事中からじたじたばたばたしすぎてトイレこもったらあまりの地団駄に防災センターのおいちゃんが飛んでくるレベル…つまり不審者。ぺけさんありがとうございますー

20120818 mims
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