可愛い男

甘やかされているのか、大事にされているのか。押しなべてどちらの度合いが強いだろうと、自分の立場をふと省みた。平たく言えば愛されているのだ。好かれている。照れこそはすれ、恥ずかしがることでもないのだけれど、チクリと魚の小骨に軽く刺されたような違和感を覚えた。例え甘やかしだろうと、大事に扱われようと、愛されていようと、この違和感は確かに不愉快からくるものだった。

痛くも痒くもないうなじに手を添える。欠伸のつもりで口を開いたら、思いがけず言い飽きた口癖が飛び出た。ああ、めんどくせぇ。俺は男だ。甘やかしたり大事にしたり、そうゆうのは男の役目じゃねえのかよ。何がめんどくせぇって、はっきり言って真面目に誰かを好いたのは初めてだということだった。

「シカマル、早く!」
「あー」

急かすチョウジに空返事して、ワックスの取れかけた階段を踏んだ。昼飯前の講義が長引いたせいで、早く学食に行かねば曜日限定かつ数量限定の定食が売り切れる。という事態にチョウジは焦れている。螺旋になった階段の踊り場をとっくに過ぎた幼なじみは、恨みがましい目付きで俺を睨み上げてきた。

「んな焦んなくても大丈夫だっつーの」
「なんでそう言い切れるの!」
「まあ、勘っつか、めんどくせぇな」

行けば分かるよ。投げやりに言った言葉は確証などなかったが、チョウジを宥めすかしつつ混み合う学食の入口で、俺の勘はピタリと当たった。携帯片手に学食のテーブルを三人分確保し、きょろきょろと人捜しに暮れる人物を見つけたからだ。辺り構わず噛み付きそうなチョウジを連れて側に寄り、よう。と声を掛ければそいつは丸めた目を柔らかく緩めた。

「いまメールしちゃった」
「あ、そ」
「あーシカマルの彼女さんだ。こんにちは」
「こんにちは。席取っておいたから、良かったら使って?」

ありがとうございますー。と愛想よく和む二人を尻目に、自分の携帯を覗いた。さっき言われた言葉が、そのまま文章になって届いている。彼女を真ん中に置いて両端に俺とチョウジが腰を下ろし、さて飯だと食い意地の塊が騒ぐのを彼女が止めた。止めたというより、手を差し延べたようなものだ。チョウジが目を血走らせてまで欲しがった食券を、彼女が既に買っていてくれたからである。

「わたしはお弁当あるから、チョウジくん食べるかなあって」
「うんうん!ありがとうございます!あ、お金、いまボク大きいのしかない」
「いいよ、あとで」

チョウジは手早くお礼を言い、軽い足取りで一旦席を離れた。まるで学食のおばちゃんが好きで好きで、たまらないような印象を受ける。まあ、実際は内緒で大盛りにしてくれるから好きなんだろうけど。

人混みに紛れた丸い背中を見送ってから、彼女は鞄から弁当を出した。こちらは二人分だ。俺の分。ついでに俺の好きな缶コーヒーも買っておいたと隣に並べ、はにかむように笑った。こいつイイ母親んなるなあと考えて、恥ずかしくなったからわざと素っ気ない声を出す。ありがと、先輩。

「可愛くないなあ」
「へーへー、んなこた分かってますよ」
「少しはチョウジくんを見習いなさい」
「俺がニコニコしてたらキモイだろーが」
「うん、確かに」
「うるせーよ」

乱暴に解いたバンダナは今時珍しい唐草模様で、えらくじじくさく見えるが彼女が言うには可愛いらしい。アスマが顔に巻いたらさぞ見物だろうと思う。彼女とチョウジは同じサークルで面識があり、その繋がりで俺と彼女も知り合った。そうゆう訳だから、彼女は俺らが高校時代に世話になったアスマを少なからず知っている。なんかの運びで高校に顔を出したとき、チョウジがバラした彼女の話を聞いたアスマが、そりゃ出来た姉さん女房だ。と俺をからかったものだ。

まさにそうだった。女房になるかどうかはさておき、アスマが言い当てた立場が俺の心にくさくさしたものを残した。世話焼き、お人よし、甲斐甲斐しい。彼女は面倒臭がりな俺では到底及び至らないところまで、驚くほどに気が回る。育ちや環境もあるのだろうが、俺の親父はおふくろの尻に敷かれるのが仕事のような人だから、彼女の良妻っぷりには手を余すのだ。ガキがいっちょ前に亭主関白を気取ろうにも、手本など居た試しがない。

「シカマル和食派なのは知ってるけど、今日は洋食にしてみたの」
「へえ」
「チョウジくん遅いね」
「隣のおかずに目移りしてんじゃねーの」

彼女はそわそわと人混みを目で追う。もちろん、弁当には一切手を付けていない。律儀を通り越してバカ正直だと思うのは、俺が彼女に甘やかされているからどうしても見下してしまうせいだろう。年下やタメだったら、いいから食おうぜと偉ぶっても気が引けない。かっこつけても、年相応の見栄が隠れるからだ。しかし彼女は年上で、俺が何をしても意気がっているようにしか見えないのではないか、といういかにもガキくさい見栄が勝る。つまり、めんどくせぇ。

「なあ、疲れねえの」
「は?なにが」
「いや…」

目を丸める彼女にうまく言葉が出ず、さりとてかわせるだけの言い訳も浮かばす困った。無意識に下唇を突き出し弁当を睨んでいたら、ああお弁当?と彼女が勘違いではあるが先回りしてくれた。とりあえずそれに乗っかり、頷く。また助けられた。

「楽しいよ。お弁当だけじゃなくて、自分のしたことで誰かが喜んでくれるのとか嬉しいし」
「ふうん」
「シカマルは滅多に喜んでくれないけどね?」
「…感謝してますよ」

本当かなあ。彼女は明るく笑った。俺だって、自分のしたことが誰かを喜ばせられたら嬉しい。分からないでもない。逆に、だからこそ俺も彼女を喜ばせたいと思っていることにぶちあたる。そして、珍しく思案する。しかし先回りが得意で年上で、万事朗らかな彼女をどう喜ばせていいか分からない。かつ、めんどくせぇと口が滑る。

厄介な口癖が舌の上まで出かかって、俺は缶コーヒーを開けた。飯なんだか人混みなんだか香水なんだか、よく分からない匂いの中でもほど好い薫りが鼻を掠める。一口飲んで缶を口に当てたまま、彼女が指先の暖を取っているお茶が目に入った。プルタブが開けにくいと愚痴を垂れつつ、毎度買う見慣れた緑茶だ。

「ん」
「ん?」
「ほれ」

片手を伸ばし、緑茶の缶を開ける。匂いこそ薫らなかったけれど、薄い湯気が僅かに立った。彼女は静かにそれを眺める。俺はチョウジの行方を何と無く捜す。

「シカマル」
「あ」
「ありがと」
「…おう」

ひょっこり顔を見せたチョウジと目が合った。俺はなんだか無性に恥ずかしくて、缶コーヒーの中でめんどくせぇと呟いた。



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可愛い男(鳴門/奈良シカマル)


Monkey Bite の仁さまより100万打祝いに頂いたシカマル。
青臭い歳下くん愛おしすぎる。仁ちゃんいつもありがとう、これからも宜しくお願いします。
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