幸運の青い傘
突然の雨も意外と悪くない
「…う、嘘でしょー!」
お得意様の取引先で、初めての一人でのプレゼン。
緊張で昨日の夜は眠りが浅くなる程だったけど、なんとか無事成功し契約に結び付けた。
嬉しさと達成感で、ほっと胸を撫で下ろしながらビルから足を踏み出した瞬間。
――ザアアアア…
プレゼン前はあんなにも晴れていた夏空の青は、雨雲のダークグレイに塗り潰されていた。
叩き付ける様にアスファルトの上で弾ける雨粒に、さっきまで浮かれていた気持ちが空と同化するように雲がかかる。
「…えぇー、傘なんて持って来てないよー…。」
はぁー、と大きなため息を吐きだしながら、とりあえず雨が当たらない様にビルの軒下に逃げた。
バシャバシャと踊る様に奏でる雨音で、耳が変になりそう。
「…すぐ止むかなぁ…」
ビルの谷間から空を覗き込むが、濃密な雨雲の隙間からは太陽も青空も見えず――。
――今日は夕方から、雷を伴う激しい夕立がありそうです!
傘を持ってお出かけ下さいね!
そういえば、朝のニュースでお天気お姉さんがやたらにこにこしながら言ってたっけ……!と今更思い出しても後の祭。
「…はぁー、せっかくプレゼン、上手くいったのに…」
ついてないなあ、とやっぱりため息が出るが、傘を忘れたのは自分の不注意。
仕方ないか、ともう一度空を見上げたが雨の止む気配は無い。
とりあえず早くプレゼン成功の報告をするためにも帰社しなければならないのに。
「濡れるのは嫌だしな…」
幸いな事にここはビジネス街の大通り。
すぐにタクシーは捕まりそうだし、近いけど車で会社に戻ろう…と考えていると――。
「何してんだ?お前」
突然、見知った声が頭の上から雨音と一緒に降ってくる。
慌てて頭上を見上げれば、そこには紺の傘の下で笑う同期の男の子の姿があった。
「…え、あっ、奈良君!?あー、ビックリした!」
「くくっ、んな驚く事ねぇだろ?」
まさか突然、誰かに話し掛けられるとは考えておらず、あからさまに動揺する私に、奈良君は喉を鳴らして笑った。
「ちょっ、笑いすぎー」
密かに想いを寄せている奈良君の笑い声に、なんだか急に恥ずかしくなって口を尖らせる。
拗ねたように膨れっ面する私に「拗ねんなって」と言うけれど、やっぱりその顔は可笑しそうに笑っていて―。
ちょっと、ドキドキした。
紅潮する頬が恥ずかしくて、ばれないように話を続ける。
「な、奈良君も、これからプレゼン?」
「ん?いや、俺は次のプロジェクトの顔合わせ」
「えっ、また新しいチームに配属されたの!?」
相変わらず凄いねぇ、と漏らす私に「んなことねーよ」と苦笑いする奈良君の横顔に、またドキドキと胸が騒いだ。
なんだかさっきまでは欝陶しかった雨音に少し感謝。
うるさい雨音が無かったら、胸の鼓動が奈良君にまで聞こえてしまいそうだったから。
「つうか、お前何してんだ?プレゼンは終わったんだろ?」
「…あ、うん。実はねー」
そんな私の心情には気付かない奈良君が、怪訝そうに傘の下から再度尋ねて来た。
苦笑い気味に今までの成り行きを話すと、奈良君は「そりゃ災難だったな」と笑う。
「本当、せっかくプレゼンは上手くいったのに…ついてないでしょ?」
「まあ、天気だけはどうしようもねーからな」
まだ雨の止む気配は無い。
それどころかますます激しくなる雨足には苦笑いしてしまう。
すると奈良君は、にっと笑い傘を私に差し出した。
「ほら、使えよ」
「えっ、いいよ!奈良君だって傘ないと困るでしょ」
差し出した傘を前に、ぶんぶんと両手を振って断る私に、また奈良君は可笑しそうに笑う。
「まあ、俺が顔合わせ終わった時に雨が止んでる保証はねぇしな」
「で、でしょ?だから本当にいいよ!」
「でもお前だって、濡れんのは嫌だろ?」
「…う、うー、まあ…」
そう言われると少し困る。
突然の雨のせいでタクシーも混んでるのか、なかなか通らないし。
すると、奈良君は
ニヤリと口角を上げた。
まるで、悪戯っ子が何か楽しい事を思いついたようなその笑顔。
「じゃあよ、こーいうのはどうだ?」
「うん?」
「傘、俺が顔合わせ終わるまではお前に貸してやるよ」
「え?」
「んで、届けに来て。終わんのは夜の7時だから」
「ええっ?」
別に嫌なんかじゃないけど、むしろ嬉しいんだけど、なんだか急な展開で驚いてしまう。
「で、ついでと言っちゃなんなんだけど…」
「う、うん?」
「今なら届けてくれたお礼に、プレゼン成功のお祝いに好きなもん食わしてやるっつう、ディナーオプションまでついてんだけど…」
――どうする?
にやりと、
不適に笑う奈良君が傘を差し出して、私の答えを待っている。
――ズルイ。
そんな笑顔で、
そんな風に言われたら
誰だって、さ
「し、しょうがないなぁ」
君の優しさに甘えちゃうと思わない?それとも、確信犯?
「オッケ、じゃ交渉成立って事でまたあとでな」
「うん、ありがとう。またあとでね!」
受け取った紺の傘の下ではにかみながら「またあとで」なんて言える事に嬉しくて、笑みが堪え切れず溢れそう。
「じゃ、食いたい物、ちゃんと考えとけよ?」
「はーい!」
そう言葉を交わすと、満足そうに少し笑って奈良君はビルの入口に足を進めた。
その背中を見送りながら、嬉しくて傘を指先でくるくると子供みたいに回しながら微笑んでいると……。
「あ、言い忘れてたけど」
くるりと、背中を向けていた奈良君が振り返って、また、あの不適な笑みを浮かべている。
「ん?なーに?」
「もしもよー、7時に雨が止んでても…」
―ちゃんと
向かえに来いよ?
そう言って笑う奈良君に、
心臓は最高にドキドキしちゃう。
やっぱり雨が、
降ってて良かった、と思いながらも頬の紅さだけはばれてしまいそうだったから
「りょーかいっ!」
君から借りた傘で、少しだけ顔を隠しながら、幸せが溢れそうな声で返事を返した。
あ…、そういえば
――今日のラッキーカラーは青!片思い中のあなたは進展があるかも!
天気予報の後の占い。
意外と、当たってる?
紺色の傘の下、
少し前に進んだ片思いに、ふふっと笑う。
なんだか不思議だね。
私、少しだけ雨の日が好きになったみたい。
幸運の青い傘私の頬っぺたは真っ赤なんだけど…ね。
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★大好きなmims姉しゃまに捧げる現代パロなシカマルSS!
ランキング参加お礼に書かせていただきました〜!
姉しゃま、ありがとうございました〜。
これからもよろしくですVv
20080722
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[Carla]の宰華さまより頂いた、素敵シカ夢でした。
連絡もらって仕事中に読んだんですが、昨日は一日妄想世界から抜け出せなかった。
だって、あまりにリアルライフ過ぎて。さり気なく優しくてちょっと意地悪な奈良君、すき。さいちゃん、ホントにありがと――。これからもどうぞ、よろしくお願いします☆
2008.07.23 mims