惑星基地ベオウルフ
白い、白い
人は口々に雪を白いと持て囃し、その影に隠れた淫靡な横顔を見ようとしない
ちらちら降るのだと言うけれど、オレから言わせればまるで発砲スチロールを雲の上からぼろぼろ散らしているようにしか見えない
無味無臭
なんともつまらない、雪と名付けられた水の塊
地に固まって誰かの足元を掬い、転んだ姿を嘲笑う
ずる賢い、雪
「副長ぉ、風邪引きますよ。今夜は冷えますよ」
狭い肩をさらに小さく寄せて、呟いた赤い唇は自分が寒そうだ
細い指をせわしなく擦り合わせる姿が、季節外れの蝿を思わせる
「先、帰れ」
「えー!嫌ですよぉ、歩いて帰れってゆうんですか?副長運転してくんなきゃ帰れないです」
「……使えねぇ奴」
溜息は白く濁り、大気へ溶ける
なのに苛立ちはちっとも薄れなくて、だから冬は嫌なんだと思った
「そう言わないでくださいよ、ささ、帰りましょ」
凍てつく北風に晒されても、こいつは簡単に笑う
柔らかく頬を持ち上げ、朱色に染まった鼻を見せびらかして笑う
なにがそんなに楽しい?
なにがお前をそんなに笑わせる?
なんでお前は笑う?
つらいのを隠してまで
「……さみぃな」
「?…さっきからそう言ってますけど」
「そうか」
なにをしてやれるでもない
むしろ、誰かのために自分が何かできると思うこと自体、不遜なんだ、驕りなんだ、間違いなんだ
純白のふりをするどす黒い雪が、オレとお前の間に積もって壁を作る
爪先を埋めて、歩み寄る一歩を許しちゃくれない
「帰るか…」
「やった!ぜひ!そうしましょう」
「…うるせぇ」
煙草に火を付けると、鼻先の雪が空中で溶けた
ざまぁみろ…
オレはこっそり呟いて、笑ってやろうと思ったが、いつもより顔が固い
生憎、お前みたいにオレは笑えないらしい
雪に、寒さに負けたらしい
車内に乗り込むと、ハンドルからシートからすべてが冷たい
小さく舌打ちをして、積もった雪を蹴散らすようにエンジンをかけた
「もうすぐクリスマスですねぇ」
呟いた白い息が、フロントガラスに僅かに触れる
じわっと広がった分子の粒を拾い集めたら、凍てつく空間も好きになれるだろうか
「もうすぐ命日ですねぇ」
無駄な笑顔ほど、見ていてつまらないものはないと思った
それでもお前は、オレの前じゃあ泣かねぇんだろ?
「泣かねぇのか」
答えは、決まってる
「雪降りすぎてワイパー意味ないですよー」
話を逸らしてしまうくらい、分かり切った答え
「…そうだな」
凍る指先
オレじゃお前を溶かせない
雪の結晶さえ、壊せない
「泣かないですよ、」
「…そうか」
「はい。だって、雪きれーじゃないですかぁ」
お前が、笑う
赤い鼻を、スンと短く吸って、不細工に笑う
「そうだな」
「…はい、きれー、です」
雪が綺麗だと、笑いながら泣いた
白い雪より綺麗な涙で、しっかりと笑って泣いた
惑星基地ベオウルフ
クリスマス・イブまでに
あの娘に告白できるかなぁ
この命とひきかえに
こんなに素晴らしい世界を贈ろう
クリスマス・イブの日は
あの娘が隣に
居てくれたらなぁ
この声とひきかえに
こんなに美しい夜を届けよう
メリークリスマス
end
仁さまより
2008.09.02 mims