なんとなく僕らは大人になるんだ

彼女はまるでお香のように、火の付いた煙草を灰皿に乗せたまま静かに呼吸を繰り返していた


お互い仕事が休みなのは久しぶりで、宙に漂う煙りが穏やかに流れる時間を象徴しているようだった




「ね、退…」

「なに?」




ぽつりと紡がれるオレの名前


彼女の薄い唇は、それだけでオレの胸を締め付ける


甘く掠れた声の奥の、妖艶な魅力にオレを惑わす




「なんでもない」

「言うと思った」




実を言うと、オレはまだ彼女の考えていることが分からない


潜入捜査で培った感さえも、『山崎退』という一人の男として彼女と向き合うと


すべての感情が麻痺したように、ぼやけて、震えて


彼女を求めるだけの、小さな存在に成り下がってしまう


『恋は盲目』…よく言ったものだ




夏にそぐわない雨がしとしと降り始め、彼女は小さく開けた窓を閉めた


ミントン出来ないね、と呟き、どこか嬉しそうに笑う


彼女はオレのちょっとした不幸が楽しいみたいだ




「せっかくの休みなのになぁ…はぁ」

「ふふっ、お気の毒」




ほら、慰める言葉とは裏腹に、形のいい口を持ち上げて笑う


ほんのり色付いた頬っぺたが、彼女をぐっと若く見せる




「どうしよっか…出掛けるのも、雨じゃ面倒でしょ?」

「私は好きよ、雨の中の散歩も」




彼女はそう言うと、ベッドに凭て座るオレに並んだ


濃くなった彼女との密度に、オレは今だに慣れない


胸のドキドキがうるさくて、彼女に聞こえるのではないかと焦ってしまう




「退、キスして?」

「えっ?!」

「いや?」

「ううん!…いいの?」

「何それ。私たち、恋人同士でしょう?」




彼女は大きな目をオレに合わせてから、ゆっくりと伏せた


長い睫毛が綺麗に下を向き、隠しきれない色気に頭の奥が刺激される


小さな肩に手を置いて、オレを待つ唇に自分のものを優しく重ねた




「…これだけ?」

「えっ?!や、だって、まだ昼間だし!」

「朝から愛し合ってる人たちもいるのよ?」

「あっ、朝っ?!」




不機嫌そうな彼女の顔が、オレを情けない男だとけなしているようで


だったら押し倒してしまえばいいものの、それが出来ないオレはやっぱり情けない男なんだ




「オレ、その…き、君のこと好きだよ!」

「うん」

「だから、大事にしたくて」

「分かってる」

「そりゃ…し、したいけど」

「うん」

「……ごめん、ヘタレで」

「そうね」




彼女は元いた場所へ戻ると、消えた煙草を揉み消して新しい煙草に火を付けた


手慣れた細い指があまりにも綺麗で、オレはどんどん惨めになった




「退、」

「…なに?」

「私…」




彼女の唇が動くのを一旦止めたとき、オレの感が危険を察知した


鈍っていた何かが『ヤバイ』と警鐘を鳴らし、さっきまで白かった煙りも灰色に見える




「っオレ、」

「退、好きだよ」

「え?」

「そんな退でも、私は大好きだから」

「あ…ありがと」




彼女には敵わない


オレが敵わない人はたくさんいるけれど、彼女はその中でも群を抜いて敵わない


なにも出来ないオレを優しく包んで、それでいいのと笑ってくれる


すごく惨めなはずなのに、プラスとマイナスがゼロになったような


そんな安心感がオレの中に芽生えた




「散歩、行こっか」




自然と口から言葉が零れて、驚いた顔をしている彼女の手を握る


いつもより冷たい指を絡めると、彼女は少しだけ赤くなった




「相合い傘なんていかがでしょう?」

「えぇ、喜んで」




傘立ての中からなるべく小さな傘を選び、彼女を自分の方に寄せた


慣れない仕種に少し戸惑ったけれど、照れている彼女が堪らなく可愛くて




「オレも、大好きだから」




彼女の耳に口を寄せ、振り向き様の唇を攫った












なんとなく僕らは大人になるんだ



明日はなんかいいことあればいいな
明日はなんかいいことあればいいな

ああ 僕は 僕は
いつまでたってもドキドキしていたいんだ

ああ 僕は 僕は
いつまでたってもドキドキしていたいんだ



end

仁さま宅の3万打企画夢を、さっそく強奪。相変わらずの素敵夢をありがとうございます。
2008.09.02 mims
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