春の校舎内はまだひんやりと静まり返っていた。
「サスケ…確か、俺の研究室の隣だったよな」
「ああ。そろそろ行くか?」
そうだな。と、言葉を続けるシカマルの隣に並ぶ。
研究室の入った3階への階段を昇る俺たちの間には、余計な会話など一切ない。
こいつのこういう所、結構スキなんだよな…コトバにしなくても、気持ちが伝わってる感じ。視線で会話をできる余裕。
「じゃ、また後でな」
「おぅ」
俺よりひとつ手前の部屋のドアをノックしながら振り返ったシカマルに、片手を軽くあげて、小さく返事を返す。
――コンコンッ
「失礼します…今日からここでお世話に、」
開いたドアの中には、見知らぬ女性がひとり。
誰だった?
建築学科には女が少ないから、知らない顔なんてないはずなのに。
「あ。うちは君ね?聞いてます」
やわらかい声音よりも、もっとやわらかな印象の微笑みが視線を捕えた。
こんな女、この大学にいたか?
「君の席は、ここ。よろしくね、うちは君」
「……こちらこそ、よろしくっス」
キャスター付の椅子を転がして、彼女の隣に腰を下ろした途端に、ふわりと厭味のない甘い香りに包まれる。
「パソコンが人数分に足りないの。だから、これを使って」
私と共有だけど…。と、笑みを崩さぬその表情に見惚れて。目が離せない。
くるりと向きを変えて立ち上がった彼女の長い髪が靡く。
君は誰……
「うちは君、コーヒーでいいかな?」
歳上とは思えない、可愛い声に聞き惚れる。会話の内容なんて、分からない。
君は誰……
「うちは君……どう、したの?」
「え…俺っスか?あの…何でしたっけ」
「コーヒー、飲めるかな?豆を挽く前に、と思って」
「はい」
よかった、じゃあ準備するね。言葉を続けて身体の向きを変えた彼女に、追随するように勝手に首が動く。
私ね、今年から院生になってこの大学に来たの。だから、校内の事はこの研究室以外あんまり知らないのよ。…また教えてね?
言葉が頭の中を素通りする。
何だ、この感覚…
口角の上がった、大人びて綺麗な横顔も。少し高いその声も。姿勢の良い立ち姿も甘い香りも。
揃って俺の胸を締め付ける…
――コンコンッ
「失礼しまーす。サスケ…もう終ったか?」
彼女の立っている隣のドアが開いて、顔を覗かせたシカマルに、いつもの反応を返すこともできず。
すっかり余裕を失っていた――
「お。コーヒーっスか?」
「奈良君…だったかしら、あなたも飲んで行く?」
「遠慮なく。でも、いいんスか?」
もちろんよ。と答える彼女に、ほんの少しだけ苛立ったのは何故?
もう少しこの時間を、独り占めしたかった。
(なぁ、サスケ…もしかして俺、邪魔した?)
(な、何がだよ!!)
(だって、先輩とすげぇイイ雰囲気だったじゃねぇか)
(ばっ…!?黙れ、シカマル)
シカマルの言葉が、頭の中でぐるぐる回る。
鼓動が激しくなる。
ニヤリと口の端を上げたこいつお得意の表情が、まさか俺に向かって浴びせられる日が来るなんて、不覚だ。
「良かったら奈良君も一緒に、学校の中案内して貰えないかな?」
「へ?あー、俺はこの後バイトあるんで無理っス」
「うちは君は、何か予定ある?」
「別に……」
「じゃあ、よろしくね」
その代り、晩御飯ご馳走するから。
シカマルに小突かれた肩が熱い。
これって、もしかして――
(間違いなく"一目惚れ"だな。ククッ)
(……っ!!)
(サスケ…口開いてんぜ)
耳打ちをし合う俺たちを見つめながら、微笑む君の横顔は
やっぱりとても綺麗だった――
2008.07.23
注
[色付く世界]の中で、サスケは大学の同じ研究室の先輩に恋を。
extra06で、めでたく結ばれる はず。