「奈良さんって、良家のご子息だったんですね」
次々に運ばれて来る料理の目を愉しませる華やかさよりも、いま私の前に座っている奈良さんに心を奪われて。食べているものの味なんて、全然分からない。
滅多に見ない細身のスーツ姿は奈良さんの鋭い魅力を引き立てて、少し弛めたネクタイと外された2つのボタンが、妙に艶っぽい。
ちらりと見える窪んだ鎖骨のラインと、男にしては滑らかな肌に、つい触れてみたくなる。
「んな事ねぇって、毎晩午前様になるまでこき使われてんだぜ?」
「それはそうなんですけど」
「めんどくせー事考えてねぇで、食えよ」
そんな風に笑って、卓越しにさり気なく頭を撫でられるたりすると、胸がいっぱいになるんですけど。
それにこのお店、一般庶民はなかなか来れない所だって、私も知ってますよ。
そもそも、何で私は今奈良さんと二人きりでここにいるんだろう?
今日は奈良さんがメインで動いてるプロジェクトのプレゼンで、だから彼はいつものラフな格好じゃなくてスーツなんて着てる訳なんだけど。
「せっかくこんな堅苦しい服着てっから、あそこ行くか」
「え?」
奈良さんに同行していたサポートメンバーは私だけじゃなかったはずなのに、気が付いたらいつの間にか二人になっていて。
うれしいのかなんだかわからなくてドキドキしながら俯けば、そんな私の頭を、奈良さんはぽんぽんと優しく撫でる。そんなやわらかい表情で覗きこまれると、どうしたら良いか分からなくなる。
「お前って、和食好き?」
「はい。大好きです」
ぶんぶんと頭を縦に振りながら答えた私を楽しそうに見つめながら、奈良さんが口の端だけを少し歪ませてククッと笑う。その顔を見てしまったら、頭がくらくらして、何も考えられなくなった。
「んじゃ、二人でプレゼンの打ち上げでもすっか」
途端に肩を抱かれてタクシーに乗せられ、ぼーっとしたまま車に揺られて。連れて来られたのがここだった。
重厚な造りの古民家、立派な和風庭園の中を歩きながら、まだ朦朧として。促されるままに個室に入り、ぺたりと座りこんでもう1時間位?
やたらに丁寧なお店の人達は、奈良さんに「いつも御贔屓にして下さって」だとか「御子息におかれましてはご健在のようで、お父上にも宜しく」だとかの美辞麗句の連発で。
え?
ここって、奈良さんの御用達のお店なの?
私は、場違いな自分の事も考える余裕がないほどに奈良さんに見惚れている。さっきからずっと。
あ……脚が痺れてきた。
「んな、緊張すんな。味 分かんねーだろ?」
「…はい」
「もっとリラックスしろよ、足も崩していいから」
「いいんですか?」
いいに決まってんだろ?と言って、また奈良さんが頭を撫でるから
私は肩の力だけじゃなくて頬まで緩んでしまう。
「ククッ…今の内にしっかり味わっとけよ」
「今の内って、何ですか?」
お得意の表情のまま、顔を耳に近付けて囁いた奈良さんの言葉で
私の頭はクラッシュした。
(この後は、俺がたっぷりお前を味わうつもりだから)
(それって、どういう……)
(言わなくても分かんだろ?)