「本日は、誠におめでとうございます」

 林檎がサスケの隣に立つイタチさん夫妻に挨拶しているのを横目に見ながら、笑みが零れる。
 会場の入口で招待客の見送りをするために立っている両家の親族は、皆が心から幸せそうな表情をしていた。

「アタシも、大きくなったらパパとケッコンするの」

 イタチさんの腕に抱かれた幼い娘の一言で、周囲が優しい空気に包まれる。

「そうだな。そうなったら、パパも嬉しいよ」

 これ以下ないほどのやさしい笑みを浮かべたイタチさんの頬に、ちゅっ、とキスをする娘の仕草は可愛くて。
 ふわふわとしたシフォンのドレスに身を包んだ姿が、まるで妖精のようだった。

 サスケに寄り添う先輩に軽く会釈して、シカマルは幼子の頭を撫でている林檎の腰に手を回す。

「サスケ、お疲れさん」
「ああ」
「イタチさん帰国されたんだな」
「俺の肉親はもう、兄貴達だけだからな」

 親代わりみたいなもんだよ。と言葉を続けるサスケは、ポーカーフェイスを保ちながらも嬉しさを隠せない様子だ。

「奈良君には学生時代から色々と迷惑かけたな。コイツも偏屈な所のあるヤツだから」
「これからもサスケ君の事、よろしくお願いしますね」
「兄貴、義姉さんも、俺はもうガキじゃないんだから」

 照れ臭そうに顔を顰めるサスケに微笑み掛けているイタチさんの奥さんの表情が、やけに綺麗に見える。

「こちらこそ。うちはさんには奈良共々、お世話になってばかりなんですよ」

 ね。と、同意を求めるような林檎の上目遣いと、彼女の口から自然に漏れた自分の姓に
 何故か言い知れぬくすぐったさを覚えた――




-extra04 未来への扉-






 イタチさん夫妻と会話を続けている林檎は、彼の腕から女の子を抱き上げて、優しい表情で何かを問い掛けていた。

「こいつまで式から呼んで貰ってわりいな、サスケ」
「いや、当然だろ。お前の婚約者ってだけじゃなくて」
「……?」
「俺が今日こうして式を挙げられたのは、彼女のおかげだからな」

 は?そんな話は初耳だ。
 穏やかな顔のサスケとふたり、顔を寄せ合う。

「どういうことだ?」
「背中押して貰ったんだよ」
「へえ」
「プロポーズの前にな」
 彼女、大事にしろよ。

 続くサスケの台詞に、林檎への愛おしさが込み上げる。
 俺の知らないところで、誰にどんな事を喋ってんのか分かんねぇけど、こんな風に他人の幸福へ作用するのなら、それも悪くない…か。

「言われなくてもそうするっての」

 俺の言葉に満足そうに笑うサスケに、軽く手を挙げると、林檎の背を押して皆の待つ方向へと促した。



「じゃ、二次会までの間一緒に時間潰すか」

 ゲンマさんの声に、他の人たちが続く。

「俺たち、ちょっと会う人がいるんで。遅れて合流します」
「おう。2階の茶店にでも待ってるわ」

 去っていく男たちの群れを見送り、林檎と共に1階へと続くエスカレーターに乗る。
 その俺の背中をナルトがやけに食い入るような眼差しで見送っているのが、微笑みを誘った。







 林檎から詳しい話を聞く前に、彼女の婚約者がさっきスピーチをしていた男性だということはすぐに分かった。
 ふたりの間に流れる空気は決して甘ったるくはないのに、すごく自然に寄り添っていて、親友としてはホッとしたというか。

 今日はお日柄が良いせいで式が立て込んでいて、ゆっくり時間は取れない。次の式までの猶予期間は僅か10分ほど。
 ロビーでふたりの現れるのを待ちながら、腕時計をそっと覗きこむ。

「杏、お待たせ」
「ううん。全然大丈夫、元気だった?」
「うん。あ…彼が電話で話してた」
「婚約者の奈良さんね?」
「はじめまして、奈良シカマルです」

 林檎の背にそっと手を回したまま、軽く頭を下げる彼の所作はスマートだ。
 鋭いのにキツくはない目付きが、彼の頭の良さを物語っている(事実、さっきのスピーチも素晴らしかったし)。
 イイ人に巡り合えて、本当に良かったね。

「杏は高校時代からの親友でね、」
 すごい面倒見が良くて、ずっとお世話になりっぱなしだったの。

「へえ…」
「そうなんですよ。でも、これからは奈良さんにバトンタッチ出来るかとホッとしてます」
 林檎のこと、よろしくお願いしますね。

 言葉以上の意味を込めて紡ぐ台詞から、きっと彼なら私の真意を汲み取ってくれるとの確信があった。

 微妙に顔を歪めながら反論する林檎を見ていると、呆れて口が開く。
 そういう無自覚なところ、全然変わってない訳ね?

「私だってもう立派な大人なんだから、自分のことは自分で出来るって」

 そうでしょうよ、普通のことはね。でも、あんたは本当に予測のつかないことをするから。
 天然というか、常人離れした鈍感というか。殊、恋愛に関してはね(きっと今までにも散々、奈良さんをヒヤヒヤさせて来たんでしょう?)。
 ねえ?肯定の返事を求め、見上げた奈良さんは、案の定微妙な苦笑を浮かべていた。







 杏ちゃんの軽く首を傾げて同意を促す仕草に、つい苦笑が漏れた。
 俺の隣で、林檎は訳が分からないという風に頭を捻っている。

 林檎の様子を見て呆れた表情の杏ちゃんは、すこしだけ俺の方へ距離を詰めて、何気なく(でも小さな声で)問い掛ける。

(大丈夫ですか?)
(……まぁ、…)

 この、大丈夫ですかという問いの主語は、やっぱ”林檎と結婚して大丈夫ですか?”っつう事なんだろうな。
 断言も出来ず眉間に薄く皺を寄せながら曖昧に頷くと、彼女からはかすかな憐みに似た視線が飛んでくる。

 この子が言わんとしてることって、ああいう面のことだよな。
 ってことは、林檎の鈍感振りは昔からな訳?
 まあ、でも…
 それがあったからこそ、俺はとっとと婚約したわけだし。諦めるしかねぇか。

(頑張ってくださいね…)

 続けて掛けられた言葉に、小さくため息が漏れた。







 目配せを交わしながら苦笑しているシカマルと杏が、何を考えているのかは分からないけれど、ふたりの雰囲気は決して嫌な感じではなくて。
 もしかしたら、私がまた何か変なことをしたんだろうか?と思った瞬間に、杏が口を開いた。

「そう言えば、二次会には天姫も出席するのよね?」
「うん。一応、うちはさんの同僚の婚約者だからね」
「聞いたよ。びっくりする位、立て続けに婚約しちゃうから」
 私も驚いた。

 会話の途中で、彼女のポケットから響く電子音。
 呼び出し、だろうか?本当に忙しそう。仕事の邪魔しちゃってるかな。
 杏もチーフだとか言ってたし。そういうポジションだと、きっと見た目よりずっと忙しいに違いない。

「じゃあ、私たち行くね」
「大丈夫。噂をすればってヤツだから…ほら」

 覗きこんだ携帯のディスプレイには”着信 天姫”の文字。

 そう言えば、天姫も何か杏に相談したい事があるって言ってたっけ。

 軽く顔の前で掌を立てて"ゴメンナサイ"のポーズを取る杏に、シカマルとふたりで"どうぞ"と通話を促した。

「もしもし、うん。大丈夫だよ」
「―――」
「今日はもう時間取れそうにないからまたこっちから電話する」
「―――」
「え?あ、聞いた聞いた!!今丁度、林檎の婚約者さんを紹介されたとこ」
「―――」
「分かった。腕によりを掛けて、プラン考えておくから」
 じゃあ、またね。

 会話から推測するに、天姫は杏にブライダルコーディネートを頼んだんだろうか?
 ちゃんと結婚式、するんだ。天姫と犬塚さんらしい。

「犬塚さんたち、案外スピード思考なんだね」
「そうみてぇだな。キバのやつ、サスケに煽られてんじゃねぇ?」

 シカマルとちいさな声で会話をしながら杏の電話が終わるのを待つ。
 ロビーには穏やかな午後の光と、一様に幸せそうなざわめきが満ちていて、私たちの顔には自然に微笑みが浮かんだ。







 エスカレーターを昇り、皆の待つ茶店に向かう。
 披露宴で飲んだアルコールが、ちょうど心地良い程度に俺の気分を高揚させていた。

「お待たせっす」
「なにやってたんだよ」
「ちょっと、こいつの知り合いに会ってたんすよ」
「へえ」

 いつもより出来上がっているらしい不知火さんは、心底羨ましそうに俺たちを見つめている。

「結婚式っつうのは、何回出席しても良いモンだよな」
 まあ、俺と嫁さんの式には敵わねぇけど。

 酔いを覚ますためだろうか、コーヒーを飲みながら喋っているアスマも随分と機嫌が良さそうだ。

「そうだな」
 何か、アイツの顔…見たくなっちまった。

 ちいさく呟かれるゲンマさんの声は、顔を見たこともない奥さんへの愛情に溢れていて。
 普段は女誑しで軽口ばかり叩いている彼が、実は奥さんにベタ惚れらしいという噂が、真実だと物語っていた。
 それにしても、彼が本音を吐露するなんて珍しい。

「俺は別に式なんてしたくねぇっすけど」
 めんどくせーし。

 言いながらふたり並んでアスマとゲンマさんの前に腰を下ろすと、強い口調で揃って諭された。

「お前はそうかも知れねぇけど、林檎ちゃんは違うだろ」
「ああ、結婚式っつうのはそもそも女の為にあるモンだしなぁ」
 うちの嫁さんも綺麗だったぞー、ドレス姿は。

 やたら力説するアスマに、苦笑しながらゲンマさんが言葉を続ける。

「俺の場合はふたりともあんまり乗り気じゃなかったんだけどな、」
 まあこんな事は自分らの意志だけじゃどうにもならないことが絡んで来たりするんだよ。でもやっぱり俺も、アイツのドレス姿は忘れらんねぇけど。

「んで、林檎ちゃんはどうなんだ?」
「私は 奈良さんと一緒にいられれば、それだけで。形式的なことはどうでも良いですね」
「……っ!」

 多分彼女には惚気ている意識なんて全くないんだろうけれど。
 ニヤニヤと笑いを浮かべて俺を覗き込むアスマとゲンマさんに、視線を合わせられない。

 俺の顔、また赤ぇんだろうな。
 ったく、勘弁してくれよ。

「だってよ、ごちそうさん」
「………」
「え?私なにか可笑しなこと言いました?」

 もう良いから、暫く黙ってろ。

「俺は天姫ちゃんのドレス姿だったら毎日でも見てぇけどなァ」
「お前はそうだろうな」
「絶対、脚の見えるドレスにして貰うつもりなんすよ」

 不意に絡んで来たキバの声にホッとした。

「うちの嫁さんは、王道のふわふわしたお姫様みたいなヤツだったなぁ」

 やたらとにやにや表情を崩しながら喋るアスマに、林檎の声が続く。

「不知火さんの奥さまは?」
「アイツはマーメイドラインのシンプルな感じ」
「へぇ、素敵なんでしょうね」
 きっと不知火さんの隣に並ばれたらお似合い……

 俺を除いて流れ始めた会話に安堵しながら、キバに耳打ちをした。

(さっきは、さんきゅ)
(代わりに俺の式でもスピーチな)

「マジ?」
「さあな」

 ニカっと八重歯を見せて笑うキバの肩を軽く小突く。
 ったく、冗談だか本気だか分かんねぇって(まあ、本気だったら別に引き受けねぇこともねーけどな)。

「ナルトは?」
「あいつは先に二次会の会場に行っちまったんだけど、そう言えば…」

 ちょっと待てよと言いながら、キバがポケットを探る。

「代わりにチョウジがこっちに向かってるらしいぜー。ついでにシノも」
 さっきメール入った。お前らが杏ちゃんトコに行ってる間に。

「ああ。俺が呼んだんだ」
「やっぱり?」

 キバが差し出した携帯を受け取り、メールをスクロールする。
 聞き慣れぬ名前に、隣で林檎が不思議そうな顔をしている。

(俺のガキの頃からの親友)
(そうなんだ)
(お前を紹介しとこうと思ってな)

 耳元で囁くと、嬉しそうな表情が俺を見上げる。

 親友に自分の婚約者を紹介すんのは普通のことだろ?
 現にお前もさっき、杏ちゃんを紹介してくれたじゃねぇか。

「コーヒーふたつ」

 近付いてきたウェイターに注文をして、テーブルの下、そっと掌を合わせた。







 携帯がベッドサイドで小さな音を立てている。
 寝転んでいた身体を起こして、そっと覗きこんだディスプレイには珍しい親友の名前。
 訝しさに首を捻りながら、そっと受話ボタンを押す。

「もしもし」
「チョウジ、今いいか?」
「うん。シカマルが電話してくるなんて、珍しいね」
「ああ、ちょっとな」
「サスケの結婚式の二次会の件なら、ナルトから連絡貰ったよ」
「来んのか?」
「うん。今はそのつもり」
「じゃあ、ちょっと早めに来て時間作ってくんねぇ?」
「いいけど、何かあった?」
「お前に、紹介したい人がいるんだ」

 分かった、じゃあ土曜日にね。と、電話を切ってすぐに顔が綻ぶ。
 用件だけの短い会話だけど、シカマルの口調からは幸せそうな様子が伝わってきて。
 わざわざマメに連絡を取り合ったりはしない僕たちは、だからこそ、相手の小さな挙動から真意を読み取る術が身に付いている。

 シカマルの彼女か…どんな人なんだろうな。

 ぽつり、独り言を漏らすと、ベッドの上 そっと目を閉じた。







「おう、チョウジ!!シノも、久し振りだな」
「キバも相変わらずだね。シカマルは?」
「2階の喫茶店で、ゲンマさんに捕まってる」
「仕方ない。人というモノは酒を飲めばしつこくなるものだ」

 シノの喋り方も変わらないな。

「で、キバはこんなトコで何してんの?」
「あー俺?俺は彼女待ってるんだ」
 もうすぐ来るハズなんだけど。

 キョロキョロと視線を動かしながら、嬉しさ全開の表情をしているキバは微笑ましい。
 隣に立っているシノと顔を見合せて、チョウジは少しだけ笑った。

「そういえば、キバも婚約したらしいね」
「不思議なものだが、良いことも悪いことも続くものだ。何故なら…」
「あ!来た。天姫ちゃん」

 明るい陽射しを背に受けて現れた、すらりと背の高い女の子。
 さらさらの長い髪が、温かい風に靡いている。

 軽く挨拶を交わすと、4人で並んで2階へと向かった。



 僕たちが上がって行くのをまるで分かっていたかのように、喫茶店からはぞろぞろと見知った顔が現れる。
 しがない会社で営業をしている僕は、以前に何度かシカマルの会社を訪れたことがあって。

「不知火さん、ご無沙汰しております」
「おー、秋道か。最近景気はどうだ?」
「まあまあって感じですね」

 そりゃ結構なことだ。という社交辞令に、軽く頭を下げると、不知火さんの後ろから懐かしい髭面が現れる。

「今日は、あれか?シカマルの彼女を見に来たのか」

 アスマさんは禁煙のロビーにも関わらず、トレードマークの煙草(火は点いてないらしい)を唇に挟んだまま、低い声。

「はい」
「あてられんなよ」

 ニヤリと笑ったアスマさんは、僕らに向かって軽く手を挙げて。

「どっか煙草吸えるトコ行こうぜ」
「さんざん今まで吸ってたじゃねぇか」
「秋道も油女も、また後でなー」
「付き合いきれねぇっての」

 憎まれ口を叩く不知火さんの肩を抱き、連れ立ってどこかへ去っていく。
 その後に苦笑いの山城さんと並足さんが続いた。



「おう、わりぃな。チョウジ」
「ううん。どこか場所変える?」

 そうだな。と呟いたシカマルの隣には、落ち着いた雰囲気の綺麗な女性。
 さっき一緒に昇って来たキバの彼女と、親しげに会話を交わしている。
 シカマルと並ぶとすごくお似合いだ。

「これが、婚約者の林檎」
「うん。すぐに分かったよ」
「はじめまして、秋道さん。お噂はかねがね」

 大きな窓をバックに立っているふたりには、惜しげなく明るい陽光が降り注ぐ。

「どこに行こうか?僕、ちょっとお腹空いちゃったんだけど」
「二次会でたらふく食えんだろ?」
 お前も相変わらずだな。

 くくっ、と楽しそうに笑うシカマルを見つめて、僕も笑った。

「良かったら、6人でどっか行こうぜ」
 二次会の店の近くに、いい店あるの知ってるし。

 キバの台詞で並んで移動すると、くるくると回転するドアを通り抜けて。
 真夏の優しい陽射しのなかへ、不思議と昂揚した気分のまま飛び出した。


2009.01.25
やっと第一弾「色付く世界」の番外編がこれで終了です。
第二弾「透明な軌跡」は、番外編より少しだけ時期を遡って、プロポーズの直後から開始する予定です
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