胸のボタンに手を掛けて、ひとつふたつと外す。あらわれたきれいな鎖骨に、キスを落とす。なんども。
ぴくりと肩をゆらして、彼女が俺の瞳を覗き込んだ。
意地悪に唇を歪めて見下ろしたら、目に飛び込んでくるのは上気した頬、潤んだ瞳。そんなものを見せられたら眩暈がする。
「な、林檎。呼べよ…」
広げた襟元のいつもは見えない部分に、いくつもの鮮やかな華を咲かせて。低く掠れた声で囁く。
呼吸が上ずっている。鼻にかかった甘い声に、理性は溶けはじめる。
「っ……シカ…マ、ル」
名前を呼ぶ甘ったるい声に、頭の芯が一瞬で痺れるから。もう我慢なんて出来なくなった。
ふわりと細い身体を抱き上げ、ベッドにそっと下ろして、ほんの一瞬だけ彼女を見下ろす。
「…シカ……っ」
そのちいさな響きが、おどろくほど 欲情の芽を煽ることに、彼女は気付いているんだろうか。
せり上がる愛おしさで、カラダのなかはますます熱を持つ。
呆然としている彼女に手をかけると、指先から伝わる異なる体温。
体内の熱はさらに温度をあげた。
すこしずつ彼女の衣服を剥がせば、徐々に露わになる白い肌。一気に引き裂いてしまいたい。でもじっくり味わいたい。
ますますたかぶる情動を必死で制御しながら、覚束ない手付きでネクタイを解く。
もどかしい。はやく、はやく。着ていたシャツを乱暴に脱ぎ捨てる。
視界に入る表情もきれいな肢体も、何もかもが俺を追い立てて。火照る身体の熱で咽喉が嗄れた。
やっと ひとつになれる…――
やわらかく形良い胸も、綺麗に括れた腰も、首筋に浮き上がる鎖骨の輪郭も、全てが愛おしくて。
切なげに眉を顰めた顔に吸い寄せられるように。はやく、はやく、と。
ふるえるカラダに覆い被されば、一気に理性は飛んだ――
-scene18.5 熱い夜-
ぴたりと触れ合った肌と肌。互いの鼓動が重なり合うのを感じる。
じっとしていればやがて体温は同化し、接触部を介して感情がふわりと交錯する。しみこんでくる。
ふたりにはもう、面倒な言葉は要らなかった。
首筋にためいきがかかる。興奮と安堵の混ざりあった、熱い息。
そのやわらかい刺激に導かれるように、唇を塞いだ。
角度を変え、舌を遣い、やさしく、激しく。また、やさしく。何度もなんども呆れるほどにたくさん唇を合わせて。それでも、まだまだ足りない気がした。
もっともっと、林檎が欲しくて。唇を繋げたまま、足を絡める。
抱きしめる。肌どうしがもっと深くふかく密着するるように。ふたりの間の境界なんて消えてしまえばいいと。きつく。
やわらかく俺を抱く彼女の細い腕。包まれている。
背中に感じる指の先、軽く立てられる爪。何かを求めるように、なめらかな動きを繰り返すそれが、鈍い痛みをのこす。
唇には、やわらかく湿った感触。背中のかすかな愛撫。身体の内側はますます疼いた。もう、手がつけられない。制御なんてできない。
「林檎…」
「んんっ……」
咽喉の奥からもれる甘い声が、ふたりを否応なくたかめて。窓がぼんやりと曇る。吐く息で部屋の温度すら上がったように思えた。
絡め合った舌が口内でとろけて、一緒に脳細胞が破壊される。とろとろと、とけていく。快感に流される。
注ぎこんだ唾液を、こくり。嚥下する。喉の鳴るちいさな音さえも愉悦を増幅する。
耳たぶを食むと、林檎の肩がぴくりと揺れて、一際甘い声が漏れる。
「 耳、弱ェんだ?」
「……っ」
吐息を耳の奥へと注ぎ込む。窪みに沿って舌を這わせれば、背に回された腕にはぎゅっと力がこもる。
溢れる声を抑えるように、俺の首筋に唇を押し付けている彼女を、すこしだけ虐めてみたくて。耳への愛撫は続けたまま、指先でそっと脇腹を辿れば、大きく身体が撓った。
「声、聞かせろよ?」
「…や、」
両肩を優しく押さえ付けて見下ろす。こうやって上から見下ろせば、征服慾が満たされる。林檎は、目尻を朱に染め、瞳をすっかり潤ませている。
見ているだけで俺の方が余裕をなくしちまいそうだ、と思った。というよりも、すでに余裕なんて微塵もなかった。
首筋を尖らせた舌先でゆっくりと舐め、すこしずつ下へ下へとおりてゆく。
両肩を押さえていた手で、ほどよく膨らんだ胸の輪郭をそっと包みこむ。
吸い付くような肌の感触を味わいながら、林檎の顔を盗み見る。
あまりに淫靡で、つやっぽい表情。
「なんつうエロい顔してんだよ」
「…ちがっ、」
「違わねぇだろ?」
胸の突起は敏感に反応して色付き、刺激を与えられるのを待ちわびている。まだ触れてもいないのに。
林檎の顔を見据えたまま、モノ欲しげに染まった突起を舌先で掠める。
顎を仰け反らせた林檎の唇から、聞いたこともない甘い声がもれた。
◆
シカマルの熱くてざらざらした舌が首筋を辿る。その感触に、触れられてもいない部分が疼く。
人間の神経と言うのは、やっぱり全身つながっているものらしい。どこに触れられても、同じところが疼くのだ。まだ触れられてもいないずっとずっと奥の方が。
大きな掌で胸をそっと包まれる。やさしい感触に心がするすると溶けていくのに、やっぱり同じところが疼いていた。
ただ触れられるだけで、言葉にできないほど幸せで、あたたかく満たされる心とは対照的に、身体はどんどん渇いていく。もっと繋がりたいと、もっと触れてほしいと。
シカマルの唇を歪めた意地悪な顔がすきだ。その艶っぽい風情と、低く掠れた声に、眩暈がしそうだと思った。
「なんつうエロい顔してんだよ」
「…ちがっ、」
なぶる物言いに否定の言葉を発するのは、ただの条件反射のようなもので。ほんとうは、その台詞で、身体の奥のほうがぎゅっと痛くなった。
つやっぽい表情をさらに妖しく歪めて、シカマルの声が鼓膜を愛撫する。
「違わねぇだろ?」
胸の中心が反応を示す。恥ずかしくて堪らないのに、いま一番ふれてほしいのはそこなのだ。まだ触れられてもいないのに、尖って色付くもの。
シカマルは顔を凝視したまま、胸の突起を舌先で掠める。そっと。
っあ。
その瞬間に、身体中を駆け抜けた快感が激しすぎて。自分のものとは思えない程、甘い声がもれた。
「その声やべぇ、その 顔も」
「い や……っ」
無意識でこぼれた抵抗の声には、なんの意味もない。シカマルだってそれは知っているはずなのに。
「ん?じゃ 止めるか 」
意地悪な言葉に、涙が滲む。
ニヤリと口の端を上げて笑みを作った彼を無言で見つめる。言葉なんてひとつも出てこなくて、ただ、みつめる。やめる、やめない、やめないで。もっと。きっと浅ましい視線でシカマルを見ている。
「なんてな。やめてくれっつっても」
軽く曲げた指先が片方の突起を弾けば、声が勝手にあふれだす。止められない。
「俺は もう、やめる気ねぇけど」
「……っ、」
「つうか、やめらんねえ。無理」
切なげに告げた唇が、もう一方の突起をふくむ。感覚の研ぎ澄まされた部分に、ぬれた唇。あまりの快感に身体が震えた。
これは自分のものだろうか。そんな厭らしい声が、しずかな部屋に響いている。
「すげぇ、イイ声」
もっと聞かせろ。 執拗に舌を這わされながら突起をきゅっと抓まれる。背中は無意識で反り返る。
まるでシカマルの方に胸を突き出しているような格好。
「その姿勢、強請ってんの?」
「ちが……」
嘘だ。もっと触れて欲しいとねだっているのは、この姿勢だけじゃなくて。心も、カラダも、ぜんぶ。私のすべてがシカマルを欲している。
彼は羞恥心を煽るのが上手い。心をくすぐられると、身体はますます敏感になっていくものだって、きっと知っているんだ。
藻掻くように手をのばす。シカマルの頭にぎゅっとしがみ付く。
激しい快楽に必死で抵抗をする。このままでは、溺れてしまいそうだから。
「何がちげェんだよ、」
指先が無意識でシカマルの結い髪を解き、はらりと黒髪がばらける。その瞬間、あふれだした色っぽさに、息を飲んだ。
シカマル、髪を下ろすとますますつやっぽいんだ。
妖しい表情を長い髪が彩って、呼吸さえままならないほどに男振りが上がっている。
シカマルの舌が身体の中心を這って下へ下へと降りて行く。
お臍を通過して腰骨を辿り、太ももの内側をくすぐられる。むずむずするような微妙な刺激に腰が震えた。なかが、あつい。
ぐい、と太腿を割られるだけで、身体が揺れる。膝裏を押さえられ、すこしずつ顔が近づく。見られる。見られている。
シカマルの視線が私に注がれているのを感じれば、じわりと潤む身体。
「うわ、すっ……げ」
イヤ。という台詞は、反対の意味でふたりに届く。ホントはもっと。もっと欲しいくせに。欲しい。
息がかかる距離で言葉を発されて、潤んだ部分にぬるい風。それすらも身悶えする程の刺激になる。
「こんなにあふれて」
「シカマル……っ」
名前を呼ぶのと同時に、熱い舌が割れ目を辿る。ゆっくりと、なんども。下から上へ。上から下へ。襞のかたちをたしかめるように、ゆっくり。
響く水音も自分の嬌声も、どこか遠くで聞こえる。
何もかもがとろけそうな快感、というのはこのことだ、と思うのに。身体のずっと奥のほうが、もっともっとと、痛いほどに疼いていた。
「お前の身体って、やっぱ…エロすぎ」
酸素を求めて開く口から、やけに鼻にかかった甘い声ばかりがもれる。
朦朧とした意識のなかで、すこし戸惑う。
いつもの会社にいる奈良さんと、目の前のシカマル。
何だかちょっと違う気がする。こんなに意地悪だったかな?
粘膜へ執拗に絡みつく舌。濡れた音が、全身を甘く痺れさせる。じわじわと末梢から感覚を奪って、舐められているその部分だけにすべての触覚が集まってくる。そんな錯覚。
「 っ、シカっ」
次々に溢れ出す蜜を舌で掬い取られる。やさしく。ときどき視線は私を観察する。こんな顔、見ないで。
浅ましくひくついているのが恥ずかしいのに、しっかりと押さえ込まれた両足は動かすことも出来なくて。身体からはどんどん力が抜けて行く。
「林檎のここ すげぇキレイ」
卑猥な言葉の意図どおりに、欲情をあおられて。思わずシカマルの頭にしがみ付く手に力がこもった。
それを見透かしたように、じゅる、と唇全体で吸い付かれる。わざと大きな音を立てる唇。生き物のようにうごく舌。悲鳴のような嬌声が止まらない。
舌先は、敏感な部分に、小刻みな愛撫を繰り返す。あ、あ、あ、声なんて出したくないのに。勝手にあふれだす。
「……可愛い…」
切羽詰まる声に合わせて、するりと指が挿し込まれる。あの綺麗な指が、私のなか。
内壁を掻き混ぜられると、意識が飛びそうな程の快感の波が押し寄せる。包まれる。飲み込まれる。
粘液質な音と、自らの声と、シカマルの意地悪な言葉。
聴覚から犯される感覚に酔っていると、途端に捏ね回す指の速度と舌の動きが激しさを増した。
「林檎……イけよ」
なんでなんだろう。はじめてなのに、なんでシカマルは私の感じるところを知ってるんだろう。
はしたない声をもらしながら、なぜ、なぜ、とそればかり考えていた。
「イくとこ見てぇんだ」
イけ…っ。
収縮し始めた内壁が、シカマルの指をしめつける。なかで蠢くその形を、粘膜がくっきりととらえている。
同じ場所を擦り続ける指。なんでシカマルは、そこを。
もう、無理だ。これ以上はむり。
勝手にもれつづけている声は、叫びに似ている。
思った瞬間に突起を甘く噛まれて。
腰が砕けそうなほどの悦楽が、すべてを一瞬で真っ白に弾けさせた。
◆
力の抜けた林檎の身体を抱きしめる。まだ、荒い息をくり返している唇をそっと塞いだ。
火照った体は薄桃色に染まり、もともとバランスのとれた身体付きを一層妖艶に見せている。
そっと掌で脇腹を撫でると、敏感になっているらしい林檎は、全身をびくりと震わせて、甘い吐息をもらした。
そんな姿見せられたら
俺ももう我慢の限界。
しっとりと汗ばんでいる林檎の額を手の甲で拭う。とろんとした表情を見つめて、両頬と額にそっとキスをした。
「シカマル……好き」
「ああ、俺も…」
ふわりと微笑む彼女を見ていたら、切ないほどの愛しさが込み上げて。
もうこれ以上我慢なんて、無理だと思った。拷問だ。
まるで、熱に浮かされるように唇を合わせ、吐息の合間に言葉を紡ぐ。
「な、俺もう限界……」
薄い歯で下唇を緩く食み、深く舌を絡める。既に熱を熟んだ雄は痛いほどに滾っている。
「シカマル…」
俺の名前を呼ぶ林檎の表情に見惚れていたら、腰骨を軽く爪で掻かれてちいさく肩が揺れた。
ふっ、と微笑んだ彼女が不可解で。
「林檎?」
「良いよ…」
途端に電流が走り抜けるような快感に、脳内を一気に攪拌される。ぐるぐると廻る欲望。
そっと下半身に目を移すと、小さな手が俺の滾りを包んでいて。
「…うっ……」
やさしくゆっくり扱かれる感触と、林檎の表情に思わず声が漏れた。
「シカマル、来て……」
堪らない。
不必要に研ぎ澄まされた感覚のせいで、このままだと直ぐに。
…やべぇ、かも。
林檎の手を必死で制す。そっと唇を塞ぎながら、潤んだ粘膜同士を触れ合わせた。
既に熱く息衝いている先端を、ぬるり、潤んだ窪みに浅く埋めて、ぐるぐるとやさしく掻きまわす。林檎の喉の奥からは熱い吐息。
同じように俺から零れる吐息も熱くて。唇を重ね、その熱を口内で混ぜ合わせる。
ゆっくりと林檎の中を味わいながら、奥へ奥へと進む。
「……ん、シカ、っ……」
「くっ……、林檎。力抜けって」
中途半端な所で動きを止めて、林檎の身体をぎゅっと抱きしめる。腕のなかで、ちいさくふるえている身体。
頭がくらくらするほどの愛おしさに、胸がぎゅっと詰まって。勝手に口からは言葉があふれだす。
「林檎、すげぇ好き…」
やわらかい表情で頷く両頬をそっと包みこんで。
「っ………!!」
昂り切った欲を吐き出すように
最奥へ、一気に熱を突き立てた――
◆
シカマルと浅く繋がって幸せを噛み締めていると、嬉しい言葉が耳に届いた。
「林檎、すげぇ好き…」
耳元で低く囁かれる甘い声に、脳がとろけそうな気がして頷いたら
「っ………!!」
熱い塊が、最奥を一気に突く。指とは比べ物にならない質量。
シカマルが自身を埋め込んだ瞬間に、頭の芯はぐらりと揺れる。呼吸は浅くなる。くるしい。くるしいほど愛おしい。もっと、もっと、ふかく。ぐちゃぐちゃに。
暴走する精神のスピードに身体も心もついて来れない。
打ちつけられるタイミングに合わせて、喉の奥からは声がもれ続ける。
呼吸は乱れ、シカマルと溶ける。ひとつになる感覚に溺れていく。
「……は……や、…っあ」
貪るように激しく突き上げられて、ふたたび意識が朦朧とする。
「シ、カ……も、ダメ」
「…俺も……やべぇ」
甘くて、切なくて、あつくて、くるしくて。きもちよくて。どうしようもない愛しさに、心も身体も占領される。切れ切れの吐息がもれる。
輪郭が曖昧にぼやけた視界のなか、目を凝らしてシカマルを見つめる。なんて愛おしげなまなざしなんだろう。なんて切ない目で私を見ているんだろう。
そんな目で見られたら、おかしくなりそう。
「…シカ、っ………」
「……林檎っ!!」
互いの名前を呼び合った瞬間に、膨れ上がった熱が限界を超えて。
快楽に弾けた最奥では、熱い迸りがあふれた。
繋がったままの身体を離すことも出来ずに、汗だくのシカマルの背中にそっと手を回しす。愛しかった。愛おしくて、堪らなかった。
離れたくなかった。すこしも。ぴったりとくっついて、溶けてしまえばいい。とけてひとつになれたらいい。ひとつに。
どうやったら、いまの気持ちを伝えられるんだろう。困惑したまま、ただ優しくやさしく抱きしめた。
「シカマル…大好き」
「俺も……」
愛してる。
「私も」
「じゃ…さ、」
もう一回、な。
(たっぷり味わうつもりだっつったろ?)
ふたりの夜は、甘くゆっくりと熱を上げる――