「天姫、驚かないって言ったくせに」
「そりゃそう言ったけど」
「じゃあなんで」
「いきなり我愛羅さんにキスされたって聞いたら驚くよ。予想外すぎ」
ふっ、ためいきをもらしながら私を見つめる林檎の表情には、悪びれた様子もなくて。別にヘンじゃないでしょ、何でそんなに驚くの?って、言われている気がした。
ヒトの行動には不可解なところがあるものだってことは、自分の天邪鬼でイタいほどわかってるけど、それとこれとはまた別だと思う。
「大体、林檎 なんでそんなにさらっとしてんの」
「だって嫌じゃなかったから」
「それが変だって」
「近くで見た我愛羅さんの顔、凄く綺麗だったし」
そう言う問題じゃないと思うんだけど。
親友ながら参っちゃうな。
「あ、天姫」
「なに」
「犬塚さんにも奈良さんにもぜったい言わないでよ」
「言わない、というか言えないよ」
全く、何を考えてるの。そんな事を私が彼らに言う訳ないでしょう。言える訳がない。それくらいの常識というか良識は持ち合わせてます。
「犬塚さんはともかく、奈良さんになんて言ったら睨み殺されそうだし」
「え、何で?」
「何でって…もう。あんたバカなの」
「天姫ひどい」
「それに、きっと我愛羅さんだってただじゃ済まないよ」
何でここで首を傾げるかなぁ、林檎は。本気で心配になるよ。
まさか、何気なく自分で暴露しちゃったりしない、よね?
「それより、林檎のほうが心配」
「なにそれ」
「ポロッと言っちゃった、とかしないでよ」
「私が…だ、誰に話せるの。こんなこと、天姫にしか言えない」
どうだか。
悪気はないんだろうけど、林檎って時々、予測付かないことするからなぁ。それは、これまでの経験で重々身にしみている。
「天姫、犬塚さんだけには言うとかダメだからね。絶対ダメ」
「だから言えないって」
「ほんとに?」
「犬塚さんポーカーフェイスなんて出来ないし、奈良さんに感付かれるに決まってるから」
そうだよね、良かった。呟く林檎を見ながら、ためいき。
きっとこの子の無意識の言動にふだんから翻弄されているであろう奈良さんが、ちょっと不憫になった――
-scene16 背中合せ-
「それより我愛羅さん、どうしよう」
「どうもしないでしょ」
「考えてくれって言われたんだけど」
「考える余地ナシ。林檎が好きなのは奈良さんなんだから、」
うーん、たぶん。なんて、ちょっと頼りない返事をしている林檎だけど、私から見たら、多分なんかじゃない。
あんたは間違いなく、奈良さんに恋してます、って。
「だったら我愛羅さんにはゴメンナサイするしかないじゃない」
「……」
「どうしようも何も、正直に言うだけ」
「正直に言った方がいいよね」
絶対その方が良いって。と肩を叩くと、なにかを思いついたように林檎は勢いよく顔を上げた。
その気になった?
「でも、連絡しないと会うことないんだよ。会社に電話するの?我愛羅さんの顔見れないよ」
ガックリ。
別に方法なんて、いくらでもあるでしょう。何を子供みたいに、そんなことで悩んでるんだろう。
「我愛羅さんのメアドは、知らないの?」
「メアドは知らない。でもメールだと失礼だし、電話の方がいいよね」
「知らないなら待ち伏せして伝えるか、手紙って手もあるけど」
待ち伏せか…。呟きながら思案顔になった林檎を見ていたら、ちょっと不安になる。
また誤解されそうな行動を取りかねないから。
「待ち伏せするなら先に奈良さんに気持ち伝えてからじゃないとダメだよ」
「それは、まだ無理」
「じゃあダメ」
「なんで?」
「あの人勘が鋭いから、絶対気付かれて勘違いするに決まってるもん」
「勘違いって、奈良さんがなにを勘違いするの?」
ああ、やっぱりマズイかもしれない。
今夜は我愛羅さんと会うんです、なんてさらっと言われて苦悩してる奈良さんの顔が目に浮かぶよ。
「まぁ、林檎が直接我愛羅さんに話したいんなら止めないけど」
「うーん」
「奈良さんが勘違いするって、ホントに分かんないわけ?」
私の問いかけに彼女は首を傾げている。本当に気付いてないみたい。
はぁ、林檎がここまでニブいとは。
「俺の前で我愛羅の名を出すなって、奈良さんに言われたんでしょ」
「うん。ふたりの間に何かあったのかな」
ちがうでしょう、どう考えても。なにかあったと強いて言うなら林檎のこと以外ない。原因はアンタだよ。ア・ン・タ。
「天姫 事情知ってる?」
「 私が知ってるはずないでしょうが」
はぁー…。またためいき出た。
ほんっと、彼女がここまで鈍感だなんて私も知らなかったよ。
奈良さん、ご愁傷様――
◆
いま 天姫と話したばかりのことが、頭のなかをぐるぐると回っていた。
我愛羅さんにお断りするのなら、奈良さんに先に告白してからの方が良い?
奈良さんが勘違いするって、何をだろう。
ふたりの間に何もないのなら、なんで奈良さんは我愛羅さんの名前を聞きたくないなんて言うんだろ、わからない。
わからないことばっかりだ。
でも、結局天姫の言う通りにするつもりなら、我愛羅さんへのお断りはまだまだ先ってことで。
だって、いまはプロジェクトと建築士試験に集中しなきゃいけない時期だし。だとしたら、奈良さんに告白なんてすぐには出来ないから。
それに、私。本当に奈良さんのことが好きなんだろうか。
そんなことを考えていたら、天姫の携帯が鳴った。
「あ、犬塚さん?」
「―――」
「うん、今林檎の家にいる」
「―――」
「じゃあまた後で掛け直しますね」
へぇ、天姫ってまだ犬塚さんって呼んでるんだ。
「もしかして、ふたりきりの時もまだ名字で呼んでるの?」
「うん、そうだけど」
「天姫らしいけど。中学生じゃないんだし、そろそろ名前呼んであげなよ」
「えぇー、無理だよ」
犬塚さん、可哀想じゃない。
私の言葉に天姫はちょっと怒って切り返してきた。
「じゃあ、林檎は呼べるの?」
「呼べるよ」
別に、名前を呼ぶくらい大した事じゃないし。なんで、天姫が呼べないのかわからない。
「まず、犬塚さんは?」
「キバ」
「うちはさんは?」
「サスケ」
「うずまきさんは?」
「ナルト、でしょ」
「じゃあ、奈良さんは?」
「シ……」
あれ?
何だか声に出せない。音にしようとするとドキドキして、咽喉がキュウっと絞まる感じ。
恥ずかしくて、名前呼べない、かも。
「はい、もう一回ね。奈良さんは?」
「シ…カ……」
って、天姫。なんでそんなにニヤニヤしてるの?
「何で奈良さんは言えないのかなァ?」
「えーっと、」
「ほらね。林檎だって呼べないじゃない」
本当に惚れちゃったら、ただ名前を呼ぶのすら恥ずかしく思えるもんなの。照れてるんだよ、あんたも。
天姫の言葉で改めて私のなかにある感情を自覚する。
奈良さんへのたしかな恋心に、動悸が激しくなった――
「そういえば、犬塚さんにアクセサリーのこと聞かれてね」
「うん」
「天姫が金属アレルギーで指輪出来ないって話したんだよ」
「私も林檎も、結構ひどいアレルギーだからね」
「うん。そしたら、結婚指輪できないって嘆いてた」
もうそんな話になってるの?と問いかければ、天姫の顔が赤くなる。
「結婚指輪って 何の話よ、それ」
「だって、犬塚さん真剣に悩んでたし」
私、なにかそんなに照れさせるようなこと言ったかな。
「そんな話にはなってないし、付き合い始めたばっかりだよ」
そうだよね、まだ付き合って1ヶ月も経ってないし。でも、別に早すぎることはないと思うんだけどな。
って、やっぱり天姫の頬っぺた、真っ赤だ。
「でも、視野には入ってるんでしょう?」
「まだ分かんないって!それより林檎は奈良さんにいつ告白するの?」
「え……?」
何で急に話題が変わっちゃったんだろう。
「ねぇ、いつするのよ」
「ちょ、ちょっと。まだ無理だって言ってるでしょ」
あ、あれ。今度は私の顔が熱くなって来たみたいだ。
「奈良さんとこへは出向の立場だし、プロジェクトは長丁場なんだよ」
「だから?」
「奈良さんの立場だってあるし。忙しいんだから、仕事に恋愛は持ち込みません」
「ふーん、林檎って毎日毎日好きな人の側で、冷静に仕事出来るんだ」
もう、天姫。急に変なこと言わないで。ヘンに意識しそう。
私って暗示にかかりやすいんだろうか。
「平気だよ」
「へえ」
「天姫だって毎日お届けに来て犬塚さんに会ってるでしょ」
「林檎は朝からずっと一緒じゃないの」
そんなこと言われたら、来週から意識しちゃうじゃない。せっかく髪を切って、仕事モード全開になってるのに。
「とにかく、まだ告白はしませんー」
「いつまで我慢出来るんだろうねぇ」
ふふ。噛み殺した笑い声が部屋にひびく。
「もうっ、天姫っ?私のことで面白がらないでよ」
「はいはい、分かってるって。応援してるんだよ」
そのとき私は本気で仕事が落ち着くまで気持ちを抑えるつもりでいた。
それが、出来ると思っていた――
◆
背中合わせの席には奈良さん。彼のことを、意識しないようにしなくちゃと思うほど、逆に、感覚の全てが背後に集中する。後ろから聞こえるちいさな音や、奈良さんが姿勢を変える気配が、ずっとずっと、気になって仕方がなかった。
天姫が土曜日にあんなこと言うからだ。
かすかに漂ってくる香水の香り。真剣に仕事をしている奈良さんの空気は、胸を微かにざわつかせるんだけど、決して不快ではなくて、むしろ心地よかった。
キュっと椅子のキャスターが動く音が聞こえる。肩越しに振り返ったら、私の方へ図面を差し出そうとしている奈良さんと目が合った。
「わりぃ、これ 頼むわ」
いつものように付箋の付いた図面を受け取って、キレイな文字で書き込まれた指示事項を手早くチェックする。
「明日中で大丈夫ですか?」
「ああ、もちっとゆっくりでもいいかな」
「いえ。明日の午後には上がります」
「サンキュ」
短い会話すら嬉しくて。
私が奈良さんに仕事で認めてもらいたかったのは、奈良さんのことを好きだったからなんだ。
ひそかに浮かんだ考えに口許がゆるむ。
「ちょっと休憩にすっか」
◆
仕事を頼もうと振り返ったら、俺が声をかける前に、肩越しに視線を寄越した彼女にドキッとした。
まるで、俺の行動を読んでいたかのようなベストタイミング。
俺ってかなり重症だよな?
ただの偶然なのに。たったそれだけで、胸が騒ぐ。
つい赤らみそうな頬を気にしながら、一通り指示をした後。喫煙ルームへの誘いに応じて、やわらかい返事。
立ち上がりかけた森埜の身体が、ふわりと傾いで。考えるよりも早く腕が出ていた。
「…危ねっ」
立ち眩みか?
きっと、仕事と勉強とでかなり無理してんだろうな。
「っ、すみません、奈良さん」
「イイから、落ち着くまで俺にもたれてろ」
華奢なのにやわらかい森埜の身体を、両腕で支える。甘い香りを吸い込むと、なんだか俺の方まで眩暈がしちまいそうだ。
ったく、こんなこと位でいちいち顔赤らめてるなんて、俺も情けねぇよな。
いくつのガキだ。
森埜が落ち着くのを待って腕を離すと、にやにやした顔で俺たちの方を見ているアスマとキバが目に入って。変なことを言われる前にこの場を立ち去ろうと、森埜の腕を引いたまま慌てて喫煙ルームへ向かった。
だって、目の前で好きな女が倒れそうになってんだから。誰だって自然に受け止めようとすんだろ?
「キバ。あいつらって、どうなってんだ?」
「やっぱ、何か怪しいっすよねー」
遠くから聞こえてきたアスマとキバの会話を無視して、喫煙ルームの扉を勢いよく閉めた。
◆
お昼のお届けに向かったら、事務所の外で待ち伏せしていた犬塚さんに捕まった。
何だって言うの、別に席でも話せるでしょ?
「犬塚さん、どうしたんですか?」
「いや、シカマルって林檎ちゃんとどうなってんの」
「え?」
「天姫ちゃん、何か聞いてねぇ」
「べつに、なにも」
「ナルトが変なこと言っててさ」
「何をですか」
「我愛羅が林檎ちゃんを抱きしめてる所を見たって」
もしかして、キスしてる所を見られていたのだろうか。ヤバイよそれは。
うずまきさんって口軽そうだし。ひとまず白を切って様子見た方が良いかな。
「どういうことですか?」
「先週なんだけど。シカマルとナルトが一緒にEV降りたら、ここの1Fでふたりが抱き合ってたって」
「抱き合ってた?」
それって聞き捨てならない。というか、私そんなことは全然聞いてないんだけど。
しかも、奈良さんに見られてたって。最悪な状況じゃないの。
「どうも林檎ちゃん泣いてたみたいで、」
「……」
「我愛羅が慰めるように抱きしめてたらしい」
「そう、ですか」
「それにさァ、さっきも事務所の中で倒れそうになった林檎ちゃんをシカマルが抱きしめてたし」
全く、林檎は一体何をやってるんだろうか。
そんなに不用意に男に抱きしめさせるような隙、見せるな。あとでお説教してやらなくちゃ。
「それで、俺 なんだかさっぱり訳が分かんなくなっちまって」
「別に犬塚さんが慌てることないじゃない、もうほっときなよ」
「でもさァ」
「また、飲みに行った時にでもゆっくり話聞いてあげますから」
それより、私配達済ませちゃいたいんですけど。と、犬塚さんの背中を促して事務所へ入った。
最近では一通り他の席へのお届けを済ませて、最後に犬塚さん達の所へ行くようにしている。
「お待たせしましたー」
ランチを運びながら近付くと、犬塚さんに甘えた声で話しかけられた。
私、皆の前でベタベタするのってすごく嫌なんだけど。犬塚さん、知ってるよね?
「なぁ、天姫ちゃん」
「なんですか?」
「いつまでオレのこと“犬塚さん”って呼ぶの?オレ、彼氏だろ?」
「犬塚さんは犬塚さんでしょ。それでいいじゃないですか」
「キバって呼んで、って言ったじゃんよ。な、な、呼んで?」
「ええっ、今ですか?」
「ああ。一回だけでいいから。な?」
「イヤです」
土曜日に林檎とあんな会話したばっかりなのに。いまここで呼べるわけないじゃない。
「ちぇー…っ」
あぁ、もう…犬塚さんったら。
またそうやって、可愛いとこ見せて。しゅーんと凹んでる姿に、私が弱いって気付いててワザとやってるんじゃないの?
(あいつら、どこで何言い合いしてんだ)
(もう日課みたいですよね)
(ほとんど同じこと、繰り返してねぇか?よく飽きねぇなぁ)
(天姫は完全に楽しんでますよ)
(そうなのか?)
(顔、見れば分かるんです。きっと何か企んでるな、アレ)
(へぇ?)
「はぁ…犬塚さん、ちょっと」
林檎と奈良さんの視線を気にしながら、犬塚さんに顔を近づけて。耳元でちいさく囁いた。
(呼びたくなるように、仕向けてみせて?…キバ)
「……っ!!」
ふふ。やっぱり犬塚さん可愛い。あんな言葉で体硬直させちゃって。
「じゃ、また夜にお届けにあがりますね。ありがとうございましたー!」
◆
「じゃあ、外出します。戻り16:30で」
「行ってきます」
ふたりで肩を並べて事務所を出て行くシカマルと林檎ちゃんを見送る。
やっぱり漂う雰囲気が、普通の仕事仲間って感じじゃねぇんだよな。首を捻っていたら、ヒールの踵を気にしてしゃがみ込んだ林檎ちゃんに、シカマルがさり気なく手を差し伸べた。言葉も、アイコンタクトすらナシで。自然に。
…って、林檎ちゃんも当たり前のようにその手を借りてるし。
事務所の皆がふたりに注目してんぞ。
まるで付き合ってるカップルみてぇに見えんだけど。お前ら気付いてねーの?
何事もなかったように「「行ってきます」」と声を揃えて出て行ったふたりに、俺はますます首を捻った。
「なあ、キバ」
「はい」
「あのふたりってどうなってんの」
近付いてきたゲンマさんが問いを発する前に、もう何聞かれるかわかっちまったっつうの。
そんなの俺が聞きたいくらいなんすけど。
「さあ」
「お前、天姫ちゃんからの情報とか入ってねぇのかよ」
「彼女、ふたりの問題なんだから放っておけばって」
「何か見てっと、すげぇもやもやすんだよな」
そんなの、俺もっすよ。
じゃあ、シカマルに直接聞いてみるかな。呟きながら立ち去るゲンマさんの背中を見送って。俺は頭を切り替えるように、パソコンの画面に集中した。
◆
あれから数日後。
久しぶりに残業なしの犬塚さんと私は、夜のデートを楽しんでいた。
ずっとここのお店、来てみたかったんだよね。
「なあ、天姫ちゃんでもシカマルと林檎ちゃんのことは何ともなんねぇの?」
「んー、何ともなんないって言うか。何もしなくても、たぶん大丈夫でしょ」
恋愛感情を自覚した林檎は、結構行動的だし。
それに、彼女にも奈良さんにも事情とかあるだろうし。
お互いにとってベストなタイミングを無視して、周りが慌てるなんて馬鹿げてるから。
「でもよォ」
「ふたりともいい大人なんだし、ほっといても心配いらないよ」
「だけどさァ」
「まわりが騒いだって、本人たちがどうにかしようとしない限り何ともならないでしょ」
それより、せっかくふたりで飲みに来てるんだから、もっと違う話しようよ。
さっきから林檎と奈良さんの話ばっかりじゃない。
「んでも、見てっともどかしいんだよなぁ」
「………」
だから、放っといても絶対くっつくよ、あのふたりなら。なんでその話ばっかり続けるの、なんだか不愉快なんだけど。
犬塚さんは私と会いたいんじゃなくて、あのふたりの話がしたいだけ?
「天姫ちゃん、親友なんだろ?俺もシカマルって腐れ縁とか言ってるけど、大事な友達だし」
「…………」
長い付き合いなら、なおさら、彼がどんな人でこれからどうなるかくらい分かるでしょう。
これ以上その話続けるんなら、口聞いてあげないから。ぜったいきいてあげない!
「やっぱ協力してやりてぇじゃん。……って、天姫ちゃん何膨れてんの?」
「べつに」
そりゃ膨れるよ。付き合ってまだ日が浅い私たちなのに、なんで他の男女の話ばっかりしなくちゃいけないんだろう。久しぶりにゆっくり会えた夜なんだよ。分かってるの犬塚さん。
「べつにって顔してねえじゃんよ」
「……」
「可愛い顔が台無しだぜェ?」
今更焦っても遅いんだからね。私は意地っ張りの天邪鬼なんです。知ってるくせに。
「可愛くないし」
「まじ可愛いって」
「そんなに心配なら、奈良さんとこ行って相談乗ってあげればいいんじゃない?」
「素直に相談してくる奴じゃねぇからなぁ」
「………」
「って、もしかしてシカマルたちの話ばっかしてるから拗ねてんの?」
拗ねてない。言いながら、思い切り犬塚さんから顔を反らしてそっぽを向いた。
まあ、拗ねてるんだけどね。自分でも子供っぽいなと思うけど、そういうモードに入ってしまったらなかなか切り替えられない。
「えっと、次の休み、どっか行こうか」
「どっかって?」
「どこでも。天姫ちゃん行きたいとこどこでもいいぜ」
「出かけても、林檎の話しかされないんじゃ行っても楽しくないし」
「しない、しない。もうしないって!」
今になって、必死でご機嫌取るくらいなら、もっと早くに気付いてくれればいいのに。
「ホントに?」
「本当に!」
そんな風に見つめられると、怒ってるのが馬鹿らしくなるよ。
というか、必死になってる犬塚さん、まるで飼い主のご機嫌を取ろうとしてるワンコみたい。可愛いなあ。
「ホントのほんとに?」
「本当のほんとに!」
じゃあ、許してあげる。とは、言いながら実はやっぱり林檎と奈良さんのことは私もちょっと心配で。大人げない事しちゃったかなと、すこし反省していた。
それにしてもあの2人、いつまで周りをやきもきさせておくつもりなんだろう――