水曜日PM3:00

 ランチタイムのピークを過ぎた水曜日の午後3時。場所は63階社員食堂が備わった憩いの場リフレッシュフロア。これから空腹を満たしにそこへ向かうというのに、私は丁寧に丁寧にネットで話題になった流行りのカラーの口紅を引き直す。プレートの町並みが眼下に広がる窓際のカウンター席を確保して、普段は注文しない写真映えのするヘルシーなワンプレートランチを目の前に据える。

 ここは特等席。それはプレートの町並みをも超えて遠くまで見渡せる景色でも、メイドイン神羅の座り心地の良い椅子が理由でもない。フォークでプレートのサラダをつついていると、後ろからコツコツと革靴が床を踏み鳴らす音が近付いて来る。 

(…きた!)

 革靴の音がぴたりと止まり、私の座った席から3つ間を空けてがたり、と足の長いカウンターチェアに1人の男が気怠げに腰をかけた。その男に気付かれない様に、私はこっそりと視線を向ける。

 真っ赤に燃える真紅の髪に、ルーズに着こなしたダークスーツ。かっちりとスーツを身にまとう社員ばかりがいるこの社内で、彼は誰よりも特異な存在で、誰しもの視線を奪ってしまう存在。そして、私の心を掴んで離さない存在だった。社内では知らない者はいない、総務部調査課タークス所属のレノ、という人物だ。社内は勿論ミッドガル中で有名な彼だが、タークスという特殊部隊の所属柄、社内で目にすることはほとんど無かった…ついこの間までは。

 初めて彼を目にしたのは2週間ほど前に遡る。私は神羅カンパニーの営業部隊のアシスタントとして書類作成、メール、内線、外線対応と日々時間に追われて業務を行っていた。社内規定で定められた12時からの昼休みに間に合うことはなく、遅すぎる昼食を取ることが常と化していた。
 その日も業務がひと段落した午後3時ごろ、疲れた身体を引きずってリフレッシュフロアの食堂へ向かった。注文するのは空腹に沁みる濃いめのタレがたっぷりかかった水曜限定ワンコイン焼肉定食。いつもの! とオーダーをすれば出てくるんじゃないかと自分でも思うほどに毎週飽きもせずそれを食べていた。美味しいので。普段はニュースの流れるモニターが良く見える席で昼食を取っていたが、その日は台風一過ということもあって空がとても綺麗だったので外の景色でも観ながら食べよう、と珍しく窓際のカウンター席に座った。まだ抱える業務が少なく規定時間に休憩を取ることが出来ていた頃、63階の高さと憧れの神羅カンパニーの社章にはしゃいでいたあの頃に、数回座った席だ。その頃の高揚感は日々の残業や激務で擦り減ってどこかへ消えてしまった。それでも、高い倍率を勝ち抜いて掴み取ったこの職から離れたいとは思わなかった。なんだかんだ私は今の仕事が好きなのだ。
 残り時間もがんばろう、と密かに自身を奮い立たせたているとがたり、と右の方からカウンターチェアを引く音が聞こえた。不意に、目の端が赤色を捉え反射的に視線を向けると彼がいた。

 噂のタークスのレノだと言うことはその真っ赤な髪の毛ですぐにわかった。骨張った長い指でカチカチと携帯を触り、それを見つめる端正な彼の横顔からは、少し離れた自分の席からも長いまつ毛が瞬いているのが見えた。胸がどくどくと早鐘を打つのがわかった。ほんの一瞬で、自分が俗に言う一目惚れというものをしてしまったこともわかった。

 彼から見えない様にカバンを衝立代わりにして、そそくさと焼肉定食をかき込んだ。向こうはこちらのことなんて気にも止めていないだろうけれど、可愛げのカケラもないこの昼食を絶対に見られたくなかった。 

 この一件からというもの、私の使用する席はモニター前から窓際のカウンター席と変わっていった。また、会えるかもしれない。水曜日の午後3時。忙しい業務の中でほんのひと時、楽しみが一つ生まれた。




*****
 


 変わった女がいる。毎週水曜日の午後3時おっそい昼休みに焼肉定食を黙々と食べる女だ。モニター近くの席が気に入っているのか、定食を買うと他の席には見向きもせずに真っ直ぐその席に向かう。モニター席から程なく離れたミーティングデスクからその姿を眺める。水曜限定の定食が好きで、外での任務がない日はラウンジの混雑ピークが過ぎたこの時間にそれを食べに来ることが多かった。別に焼肉定食を食べる女が珍しい訳じゃない。ウマいし。ただ、俺が水曜日にリフレッシュフロアへ定食を食べに来ると必ずその女は焼肉定食を食っているのだ。かならず。もっと女子が好きそうなサラダボウルとか、プレートのランチとか、色々なメニューがある中で焼肉定食ばかり食べているその姿がなんとなく笑えて、勝手に親近感を覚えていた。

 その日は俺が見る限り初めて、モニター席ではなく窓際の席へ向かって行く定食女の姿が見えた。主任から夕刻の任務まで待機指示を受け、時間に余裕もあったので興味本位で彼女の後ろをついて歩く。シンプルなシルバーのヘアクリップで束ねた髪がウマの尻尾のように左右に揺れる。毎週あの焼肉定食を食っているのか疑問に思う程に細い体躯。怪しまれない程度に距離をあけて、横並びのカウンター席に座る。

 携帯を触る仕草をとりながら、目の端で定食女の首から下がる社員証の文字を読み取る。第一営業部所属の、なまえ、か。この遅い時間に昼食をとっている事に納得が行った。第一営業部といえば社内に複数ある営業部の中でも群を抜いて多忙な部署だ。ある程度能力が無ければ配属されない神羅の稼ぎ柱の部署故に、しあわせそーに肉を頬張っているこの女、仕事はきっちりできるということ。あとは…この時間外回りに出ていないということは営業補佐かなにかだろうと考えが至った。

 不意に、視線がキャンパスブルーのショルダーバッグに遮られた。衝立のように置かれたそのバッグは明らかに俺に対しての防御壁だった。盗み見たのがバレたか?まさか。相手が本業の敵だったとしても、相手に気取られるなんて事は万が一でもあり得ない。ましてや、一般事務のOLだ。

 社員証ばかり見ていた為、その横顔はもう見えず表情から真意を読み解くことが出来ない。この定食女、改めなまえ。一段と興味が湧いた。また来週辺りに会いにくるか、と密かにリベンジを誓った。退屈な昼休みに一つ楽しみが生まれた。



*****



 翌週水曜日。終日内勤業務となった為、午後3時を見計らってリフレッシュフロアに足を運んだ。焼肉定食を注文し、トレーを持ってモニター前に向かう。いつもと変わらずこの時間になると訪れる人はまばらとなり、ゆっくり休息を取るにはいい頃合いだ。
 しかし、変わらないラウンジの風景に一つ変化が訪れた。モニター前になまえがいない。ぐるりと辺りを見回すと先週と同じくカウンター席に座っていた。お目当てを見つけることが出来た俺の口からビンゴ、と声が漏れる。

 先週と同じように少し間を空けてカウンターチェアに腰をかける。気まぐれで定食のことでも話題にして声でも掛けてみようかと思ったが、彼女の目の前にあったのは驚いた事に可愛らしいプレートランチだった。何があったかは彼女の少し熱を帯びた視線でピンときた。コソコソとバレないように見ているつもりだろうけれど、仕事柄そういった人の機微には敏感だ。自惚れだが、こういうことは多々ある。積極的な女だと向こうから声をかけてくるし、好意を向けられることについては悪い気はしない。

 控えめな、アピールとも言い難い変化に胸がくすぐられる。猫や犬を撫でた時の、小さなものを愛でたときの様な感覚に襲われた。むずむずと悪戯心が騒ぎ始める。ちょっとだけ、揶揄ってみるか。

 なまえがチラリと視線をよこしたタイミングでこちらも顔を向ける。視線がぶつかる音がするとしたら、ぱちんという音が鳴っていただろう。外から差し込む日の光でなまえの茶色の瞳がきらりと光る。一階にいる受付嬢のような華はないけれど、くりっとした目が印象的な顔だった。

「ーーっっげほっ!!」

 急になまえは大きくむせこみ苦しそうにバンバンと自分の胸を叩き始めた。半分俺のせいではあるけれど、わかりやすすぎて笑える。タークスとしての素質はゼロ。声を出して笑いそうになるのを奥歯で噛み殺した。

「大丈夫か?」
「げほげほっ…!!」

 声をかけると目を白黒させながら胸を叩き続ける。喉につかえた異物を押し流そうとなまえはミネラルウォータのボトルを手に取ったが、一口に満たない量しか残っていない。流石に見ていられなくて俺が飲んでたボトルを手渡すとゴクゴクと勢いよくそれを飲んだ。今流行りのカラーに、飲み口がうっすらと染まる。

「はあはあ…す、すみません、大変助かりました…」
「目の前で死なれても困るしな」
「すみません…あっ!」

 突然声を上げて手元のボトルの飲み口を備え付けのナプキンで拭う。飲み口に付着した色はそのまま伸びてしまい完全に綺麗に拭き取ることができなかった。

「ごめんなさい!新しいの買ってきます!」
「あぁー別にいいぞ、と。アンタにやるよ」

 でも…と申し訳なさそうな声を漏らしながらきょろきょろと視線が自動販売機を探す。

「いいって。それとも俺、そんなにお金に困ってそうに見える?」

 少しふざけてそう言うと、まさか!!となまえは声を上げて首を左右に振った。

「そんなわけないです!私と比べ物にならないぐらい、レノさんは貰ってると思いますし…」
「へぇ、俺の名前知ってるんだ」
「…あっ!」

 しまった、と言わんばかりになまえは両手で口元を覆った。緊張しているのか、見ていて可哀想なほどにしどろもどろになってしまっている。申し訳ないけれどその様子が面白すぎて笑いを堪えきれなくなってきた。

「ゆ、有名なので名前は知っていて、その…馴れ馴れしくすみません…」
「ククッ…俺も、アンタの名前知ってるぜ」
「え!?」

 大きな瞳が更に大きく見開いた。何かに気づいたようなハッと胸に下がった社員証に視線を落とす。なまえの文字。情報源としては合ってるけど、それじゃ面白くない。

「焼肉定食ちゃん、だよな?」
「や、やきにく!?」
「いっつも食ってるだろ、モニターのとこで」
「!?」

 人がまばらなモニター前席をアゴで示すと、俺が言っている言葉の意味が理解でき始めたのかみるみる顔が真っ赤に染まっていく。今、めちゃくちゃ失礼なことを口にしている自覚はあるが俺の好奇心を止めることが出来なかった。このふざけたあだ名に対して俺に噛み付いてくるのか、はたまた更に困惑するのか。にやにやと顔を覗き込むと驚いたことになまえも同じようににやにやと笑っていた。

「私のこと、前から知ってたってことですよね…?」
「あ、あぁそうだぞ、と」
「…やば…」

 嬉しすぎる…と小さくなまえは呟いた。
「好きです」と言葉にするよりもよっぽどわかりやすい、感情がだだ漏れのはにかんだ笑顔。想像もしなかった反応に、不覚にも俺の心臓がどきりと跳ね上がった。
そんなばかな。ちょっと揶揄ってやるだけのつもりが、とんでもないカウンターパンチを喰らってしまった。こんなはずではなかったのにと思いながらも、思い返せば見栄えを気にしてプレートランチを食べたり、ここに来る前に口紅を引き直したり、わざわざいつも使っている座席を変えたり、しょーもない頑張りにカワイイ、と素直に感じてしまった俺がいたことは確かだった。気付くのが遅かっただけなのだ。

 不意にピピピピと時間を知らせるアラームが鳴り響いた。音の出どころはなまえの胸ポケット。休憩の終わりが近づいているのだろう。嬉しそうにはにかんでいたなまえの表情が一転し、分かりやすすぎるほどに曇りを帯びた。アラームの停止ボタンを押すと、残っていたボトルの水をごくりと飲み干した。テーブルに置かれた空のボトルからコツンと乾いた音がした。

「レノさんとお話ができて本当に嬉しかったです。時間なので、業務に戻りますね」

 お水、ありがとうございました。と頭を下げるなまえ。トレーを両手に席を後にしようとするその背中に反射的に待てと声を掛けた。もらったカウンターのお返しがまだ済んでいない。そのまま帰すことは俺のプライドが許さなかった。

「なまえちゃん」

 名前を呼ばれ、驚いた顔で振り返るなまえ。
プライドが許さない、なんて言うのはただの俺の言い訳。なまえとまた話がしたいと思ったから、このチャンスは逃したくなかった。柄にも無く必死な自分に笑えた。

「は、はい」
「焼肉定食よりウマいランチ 、食いたくない?」
「それは…つまり…?」
「次の水曜日、一緒に食いに行くぞ、と」

 大きな瞳が、更に大きく見開かれる。
曇っていた表情がまた一転し、今までで1番キラキラと輝いた。一発お見舞いしてやろうと思ったのに、結局こっちがまたやられてしまった。

来週水曜日PM3:00。俺の楽しみは続く。



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