俺たちの恋人関係が唐突に始まってから一週間ほどが経った。
俺たちは一週間前……付き合い始めた初日にお互いの連絡先を交換し、ちょくちょくメールのやりとりをして親睦を深めていった。

学年が同じであってもクラスが違えば滅多に会うことはないため、放課後まではメールでコミュニケーションを取るしかない。

メールでのぎこちなさもなくなり打ち解けてきた頃、眞木は俺を和穂と……名前で呼ぶようになった。

「和穂、一緒に帰ろう」
「うん……!」

俺は急いで帰り支度をする。元友人であった例の豚と一瞬だけ目が合うが、俺はぱっと顔を逸らした。

俺は今幸せだった。毎日一緒に下校して、愛を囁き合って、キスをして。世界中を探しても、こんな幸福はきっともうどこにもない。

"豚"は、今の俺にとってどうでもいい、興味のない存在に成り果てた。
俺のことが好きなら勝手に好いていればいいじゃないか。俺には眞木という素晴らしい人間の恋人がいるのだ、一生叶わない想いなのだと思い知ればいい。

豚に縛られない生活は、かつてないほどに晴れ晴れしいものだった。

「おまたせ……!」
「ああ、今日どっか寄ってく?」
「眞木くんが行きたいところあるなら付き合うけど?」

俺と付き合い始めてからの眞木は、今までのイメージからは想像できないほどに誠実だった。
眞木は放課後になると必ず俺のクラスまで迎えに来てくれる。見ている限り、女遊びもしていないようだった。

それに、必要以上に俺の体に触れてこない。
眞木のことだからきっとすぐ体を要求してくるのではないかと思っていたのだが、そんな予想は裏切られ、未だ俺たちは清い関係のままだった。

俺は今まで、女子の前でスカしている眞木の顔しか知らなかった。
だが一緒にいるうちに、眞木の真摯さ、誠実さ、生真面目さを知り──日に日に眞木に惹かれていく自分に気づく。



学校を後にした俺たちは、またいつものように町に出る。
この地区は決して都会ではないものの、表に出れば大きなショッピングモールがある。たくさんの衣類店、雑貨店が並んでおり、特にゲームセンターなどは同じような制服の男女で賑わう。

この周辺にある学校の学生は放課後に遊ぶとなると、他に行くところもないので必然的にここへ集まる。
俺はそういうのが苦手であまり近寄ろうとはしなかったのだが、眞木と一緒なら不思議とその場の空気に溶け込むことができた。

「なあ」

行く当てもなく眞木と共にショッピングモール内のフード街をぶらついていると、ふと眞木が口を開く。

「ん? 何?」

俺はにこっと頬笑んで、眞木を見上げた。

「だーから、その上目遣い、反則」
「いたっ」

軽くデコピンされる。そんなこと言われたって、これは眞木の背が高すぎるのが悪いのだ。不可抗力だろう。俺はデコピンされた額を恨めし気に擦った。

「こんなんだから、お前は人に好かれるのかな」
「……え?」

ポツリと呟やかれた眞木の声。どんどん歩調が遅くなり、眞木は遠くを見つめる。

「お前ってさ、学校じゃ正直言って地味な方だし、暗いじゃん」
「うん、そうだね」
「でもさ……目を引くんだよ」

眞木は俺と目を合わせようとしなかった。歪んでいく顔で、言い難そうに続ける。

「白くて華奢で、よく見ると顔も綺麗だし、髪からはいい匂いがする。そしてふと見せる仕草や、その自然な上目遣い──」
「……」

これは褒められているのだろうか。言葉は俺を持ち上げるものだったが、ニュアンス的にそうは取れない。

感じるのはむしろ、一種の憎々しさ。

「──すげぇ男を誘うよ、お前」
「……ッ!」
「どんどん深みに嵌りそうだ」

そう言い終えた瞬間、眞木はようやく俺を見て、何かを誤魔化すようにニカッと笑った。

男を誘う顔、男を誘う体、男を誘う匂いに、男を誘う仕草──意識したことなんてなかった。
ではそれが豚を引き寄せている要因だとでもいうのか。

「……和穂? ごめん、気を悪くしたか?」
「いや……」

眞木は悪くない。豚と接したくないばかりに、人を豚にしたくないばかりに、今まで他人と交流してこなかった俺の甘えが悪いのだ。
眞木の客観的視点は、俺にそれを気づかせてくれた。

「眞木くん、俺は事情があって……少し潔癖気味なんだ」
「……へぇ」
「ねぇ、眞木くん。眞木くんは俺にムラムラするってこと?」
「……!?」

公衆の面前で何を言い出すのかと目を丸くする眞木。チャラそうな外見をしているくせに意外と清純なのだろうか。

「俺ね、そういう……性的なことが苦手なんだ」
「まあ、潔癖ならそうだろうな」

眞木は顔を赤く染めながらも、きちんと俺の話を聞いてくれる。俺はやっぱり眞木のそういう真面目なところが好きで、これからもずっと一緒にいたいと思わせてくれる。

「でも俺、眞木くんにならいいよ」
「へっ……!?」

俺の発した言葉に、眞木は更に目を剥き素っ頓狂な声を上げた。
眞木はとても優しくて、見た目からは想像出来ないくらいに誠実だ。女子からの人気が高いのも頷ける。

自分を大切にしてくれているんだって、肌から、視線から、行動から伝わってくる。お姫様が夢見る王子様像というのはこういう男のことなのだろう。

「眞木くんにならいつでも体を差し出せる。俺、それくらい眞木くんのこと──」
「あーああぁぁ! ストップストップ!!」
「んぐっ!」

話の途中で口を手で覆われ、情けない声を上げてしまう。眞木の取り乱しようがなんだか可愛くて、俺は小さく笑ってしまった。

「……ったく、お前それワザと? 俺のこと誘ってんの?」
「そういうつもりはないけど、ただ……いつでもいいよって言いたかっただけ」
「だーから、お前のそういう言動が……! はぁ……」

眞木は呆れたように一度溜息を吐くと、俺の髪を乱暴にわしゃわしゃと撫でた。



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