ひとりきりの演奏会


 ぱたん、と本を閉じる音がひんやりとした書庫に響いた。
 閉め切られた窓の外、遥か遠くから鐘の音が聞こえる。シンフォニア大陸の王都コンチェルト・グロッソから響く、「神の鐘」の音色だ。
 シンフォニアに生きる人々にとって、その鐘は一日の「始まり」を告げる旋律であり、一日の「終わり」を告げる旋律であった。

 鐘の音が鳴り終わる頃、閉じたばかりの本を手に持って、椅子に腰掛けていた少年はゆっくりと立ち上がった。
 少年はひどく整った顔立ちをしている。…少し癖のある青みがかった銀髪に、深海のように澄んだ蒼い色の瞳。肌は雪のように白く、線の細い印象を受けた。
 両手には、丈夫そうな生地で作られた群青色の手袋をしていた。

 象牙色の少しくすんだ壁に沿って並べられた古めかしい本棚には、たくさんの楽譜の背表紙が隙間なく並んでいる。
 その中で不自然に開いていた下の段のスペースに、少年は持っていた本を丁寧に押し込んだ。
 楽譜と楽譜の間に収められたその本の背表紙には、「小さな音楽隊」という題が記されていた。
 この書庫の中では珍しい、楽譜以外の古書である。

「“自分のために奏で、人のために響かせる”…」

 少年は小さく、歌うように呟いた。
 それは、「小さな音楽隊」の登場人物が言った一節であり、この世界ではとても有名な言葉であった。

 やがて、少年は別の棚から先ほどの本よりもさらに古い楽譜を取り出すと、部屋の真ん中に置いてある古びたピアノの元へ向かった。鍵盤を覆うカバーを開き、楽譜を立て、椅子に再び腰掛ける。
 両手を包んでいた手袋を外し、少年は深く深呼吸をして、白と黒の重なり合った鍵盤の上に白い指を置いた。

「…俺にも、出来るかな?」

 ―小さな問いかけは、本棚のたくさんの楽譜に吸い込まれていった。
 やがて、書庫には優雅なピアノの調べが響き渡った。



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