彼女の提案 V


 どういうことだろう。
 つまり、これは、ええと…


 ギルバートが声を上げるよりも、アリシアが意味を理解するよりも早く、勢いのついた領主様はどんどん言葉を続ける。

「ギルひとりじゃ、無事に行けるか不安で仕方ないの!アリシアちゃんさえ良いのならば、是非、頼みたいのだけど…」
「な、な、な…」

 イーディスがそう言い切る前に、ギルバートが音が飛んだレコードみたいな抗議の言葉を口にした。書類審査を通過した喜びはどこへやら。彼の整っているはずの顔は、今、とにかくものすごく引きつっている。

「わ…訳わかんねえよ…!」

 答えるタイミングを見失ったアリシアがおろおろとする前で、やっとまともな言葉を紡ぎだした少年は、必死で母親に訴えた。

「いきなりやってきて、演奏を邪魔してきたかと思ったら、合格通知だけ渡してカンタービレに行けって…?大体、なんで同行者がいるんだよ…?!音楽院くらい一人で行ける!余計な心配すんなって…!!」

 体裁を繕うことをすっかり忘れた、彼の言い分はもっともであった。

 ラルゴからカンタービレへは、ちゃんと蒸気機関車の路線が通っていた。例え乗車したのが通常車両でも、一日もあれば着く道のりである。
 アリシアは明らかに同行者との行動を嫌がっている彼の様子にひどく気まずくなってしまった。決して彼女が悪いわけではないのだが、なんだか申し訳なくなり、叱られた子供のように小さく縮こまってしまう。

 しかし当の領主様…イーディスは、不思議そうに少し首を傾げながら答えた。

「あら…?それは、汽車を使って行けば、の話でしょう?」
「……え?」

 イーディスはアリシアにそっと、気遣うような視線を投げかけると、再び言葉を失う息子に話を続けた。

「アリシアちゃんは、歩いてシンフォニア大陸を旅しているの!貴方も、カンタービレまで歩いて行くくらいしてみたらどう?男の子なんだから!」

 今度こそ、ギルバートは言葉を失った。
 なんとも言えない表情のまま、睫毛に縁取られた蒼い瞳を、これでもかというくらい開いている。
 反応に困っていたアリシアに振り向いてみせたイーディスは、息子の反応に対してか、はたまた自分の突拍子のない発言に対してなのか、舌を出して肩をすくめていた。



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