オーデュボン家 X


「食事は後でいい。皆が食べ終わった頃にでも呼んでほしい」

 彼女らが書庫を出る際、ギルバートはイーディスに向かってこう言った。彼の手の中にはすでにもう、本棚から選出されたいくつかの楽譜があったのだ。
 (よっぽど音楽が好きなのね)、アリシアはそっと考えた。
 イーディスは「せっかくお客様がいるのだから、貴方もいらっしゃいな」と優しく誘うのだが、彼は首を横に振るばかりだ。

 やがてギルバートはアリシアの方に顔を向けると、やっぱり笑顔でこう言った。

「旅人さん。俺の母と貴方がどうやって知り合ったのかは分からないけれど、どうぞ、ゆっくりしていってください。…それじゃあ」
「は、はあ…」

 アリシアとイーディスが書庫から出たことを確認すると、彼はアリシアに向かって胸に手を当て軽くお辞儀してみせる。
 しかし、それだけだ。扉はまたきいと軋む音を立て、再び閉まってしまった。
 アリシアはギルバートの言葉に歯切れの悪い微妙な返事をしたあと、何とも言えない表情で頬を掻きながらイーディスのほうを見る。イーディスは苦笑を浮かべると、もと来た道を引き返し始めた。

「…どうだった?」

 おどけるように言う彼女に、アリシアは素直に「とても格好いい息子さんですね…」と息を吐き出すように答えた。思わず吹き出すイーディスを見ながら、少女はこっそりと思う。

 二言三言、言葉を交わしただけではあったが、自然な笑顔を見せてくる無邪気で素直な印象のリリアンナとは違って、ギルバートの笑顔は上手く作られすぎているような気がした。
 確かに愛想はとてもいいが、言葉にまるで感情が無いのである。

 ようやく笑いの収まった領主様は、しかし肩をすくめるとこう言った。

「ああ、なんというか…悪い印象でないのなら、取りあえず良かったわ」



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