オーデュボン家 W


 そこは、たくさんの本棚と古ぼけたグランドピアノだけが置いてある、ひどくさみしい部屋だった。象牙色の壁には、ぎっしりと楽譜の収められた本棚が並んでいた。

 窓は少しだけ開いていて、夜風がそっとカーテンを撫でている。
 そこに領主の息子はいた。グランドピアノの前の椅子に腰掛けているのだ。
 床に無造作に積んで置いてある楽譜のひとつを持ち上げ、その表紙を払うとイーディスは小さく溜息をつく。そして少年の方を向くと少し声のトーンを上げ、言った。

「ギル、今日はお客様を連れて来たわ」
「お客様?」

 短く尋ねる少年の声は刺々しく、訝るようだった。書庫の中を興味深そうに見回していたアリシアは、イーディスに背中を押され、慌てて相手の顔も見ず頭を下げる。

「は、はじめまして!っと、アリシア・リプセットといいます。剣術修行のための旅をしていて、えと、シンフォニア大陸には先日やってきたばかりで…」
「……」

 しかし、少年からの返答はない。
 あれ、何か失礼なこと言ったかしら、とアリシアはとても不安になる。「本日はお世話になります、よろしくお願いします」、と急いで挨拶を締め、恐る恐る顔を上げた。


 ―そして、はっと息を呑んだ。


「……ギルバート・ディル・オーデュボンです…よろしく、旅人さん」

 手のつけられない不良だとか、ずっと書庫にこもっている困り者の息子だとか。
 少女の勝手な想像を全部拭ってしまうくらいに、その少年の顔立ちは端整だった。

 まるで美しい人形みたいな顔をして、優雅で幻想的な夜想曲を奏でていた少年。
 ほのかに青みがかった銀色の髪を揺らしながら、にっこりとやわらかく笑う彼の蒼い瞳に、少女はただ、見とれてしまう。
 しかし、完璧すぎるその微笑みを、イーディスは困ったように見つめていた。

 今日一日は何をしていたのかと母に問われると、ギルバートはずっと書庫にいたのだという。
 本棚に収められている古書を読んだり、あらゆる曲調の楽譜を暗譜したり、それをひとり、ピアノで演奏したり…。
 そんな生活を何度も何度も繰り返しているというのだから、家でじっと過ごすことを知らない、旅をしているアリシアにとってはまるで別世界の話である。
 陽の光を浴びていないというから、彼の肌が雪のように白いことも頷けた。



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