オーデュボン家 V ラルゴの街外れ、自然に包まれた長い道を通り抜けた先にある領主の館。 そこは外見と同じように、中も豪華でありながら落ち着いた装飾をまとっている。 その中でも書庫への道は少し薄暗く、廊下の左右の壁に設置されている蝋燭の火が、頼りなく揺れていた。 アリシアは辺りをきょろきょろと見回しながらも、イーディスの背中を見失わないように長い階段を下りていく。 掃除はされているのだろうが、それ以外ではあまり足を踏み入れない場所なのかもしれない。壁には必要最低限の装飾が施され、床はきしきしと情けない音を立てている。 不ぞろいな、ふたりの足音だけが響いている静かな空間。 ―そこに、少しずつ、何かの旋律が重なってゆく。 「あ…」 アリシアはふと足を止め、そっと右の手のひらを耳元にあてがった。 「アリシアちゃん、聴こえる?」 そう、これは、ピアノの音色。 静かに奏でられているのは、夜想曲に分類される甘い旋律だった。洗練された響きの和音の中に光る技巧の美しさは、ただひたむきに剣を握ってきた少女にも分かった。 思わず息が止まりそうになるほどの儚い音色。たくさんの隔たりの向こう側、遠く離れた場所からのノクターンだというのに、それはアリシアの心を掴むには十分だった。 「息子が演奏しているのよ」 やがて、イーディスの足はとある扉の前で止まった。 その扉の向こうから、この夜想曲は聴こえて来るのだ。イーディスはアリシアに目配せをすると、大きく、だけど控えめに二、三度ノックをする。そして、こう言った。 「ギル?ギルバート?入ってもいいかしら?」 演奏が、ぱたりと止んだ。 少しごそごそと物音がした後、彼女の息子であろう少年の声がそっと答える。 「どうぞ」 アリシアはなぜか、ごくりと息を呑んだ。何故だか、ものすごく緊張してしまう。 イーディスは息子の声を聞くと、少し立て付けが悪いのか、軋むような音を立てる扉をゆっくりと開けた。 [ 13 ] |