馬車に乗って V


「私にはふたり子供がいるのだけれど、ふたりとも貴方と年が近いのよ」
「わあ!そうなんですか!」

 馬車はゆったりとした下り坂を進んでいた。
 お尻に伝わってくる道の凹凸の振動にも慣れてきたアリシアは、彼女の息子と娘のことを詳しく尋ねる。

「息子が15歳で娘は12歳よ。下の子はとても明るくて元気だから、貴方と話が合うと思うわ」

 イーディスのように明るく親しみやすい少女ならば、ぜひお話してみたいな、とアリシアは考えた。
 わくわくしながら続きを待っていた彼女だったが、いつの間にか領主の表情が少し曇っていたことに気づく。

「問題は、上の子ね…」

 ぱきぱきと、馬の蹄か車輪かが地面の小枝を踏む音がやけに大きく聞こえ、不安を煽る。
 まさか、誰も手が着けられないくらい暴れん坊な不良さんだとか…?
 もわもわと勝手な想像を広げるアリシアの様子に、イーディスは苦笑いして軽く手を振った。「会ってみれば分かるわね!」
 そして、こう尋ねてきた。

「アリシアちゃん。貴方の旅には剣の修行以外の目的はあるのかしら?」

 アリシアは、まるでいたずらの見つかった子供のようにどきっとした。
 確かに修行第一ではあるが、旅の目的すべてが剣術の修行というのは建て前で、他には特に目的も決めておらずどうせなら各地を観光しながらのんびりいこうかな…なんて考えを持っていたからだ。

 しかしイーディスの表情は、そんな彼女を咎めるものではなく、ただ純粋に「知りたい」といったものだった。
 アリシアは素直に「い、いえ」と首を振る。

「そうなのね…。なるほど…」

 ふむふむと言った感じで頷くイーディスに、アリシアは何故そんなことを聞いたのかを尋ねようとする。

 すると、馬がヒヒンと高く啼いた。がたごととした揺れも、終わっていた。
 馬車が止まったのだ。

「さ、着いたわ!」

 イーディスは馬車の運転手の手を借りて、素早く荷台から降り立った。
 アリシアは尋ねるタイミングを失った疑問を仕方なく呑み込むと、差し出された領主の手を借りて遅れて地面に立つ。

「ほわあぁ…!」

 ―振り返ると、そこには、やはり貴族の住む家にふさわしい豪邸があった。
 左右に広がるのは緑に溢れた庭園。豪奢な飾りのついた大きな門は、それだけですでに圧倒的な存在感を放っている。
 口元を両手で押さえつつも、思わず大きな声をあげたアリシアを横目に、イーディスはなんだか申し訳なさそうに、だけどウインクをひとつ。

「アリシアちゃん。あとで、貴方に頼みたいことがあるの。だけどひとまず、我が家へ向かいましょう」



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