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遠くから見てるだけで十分だった。
名前なんて覚えてなくたって、たまに貴方の瞳に写るだけでよかった。
「失礼します、コーヒーをお持ちしました」
「あぁ」
カチャリと小さな音を立て、邪魔にならない場所にカップを置く。
くゆる煙の香りが濃くなるけれど、それを嫌だとは思わない。
「あの、スモーカー准将」
少し勇気を出して声を掛けると、鋭い眼光が私を射抜く。
「なんだ」
「お誕生日とお聞きしたので…これ…」
密かに用意していた包みを出す。
「お誕生日、おめでとうございます」
包みを受け取った准将は予想外だったのか、手の中にあるそれをまじまじと見つめた。
中は葉巻。
後々残らず、かつ使えるものをと思った結果だ。
「…悪ぃな、気を遣わせて」
「いえ、そんな」
「ありがとよ、***」
その低い声で私の名が呼ばれる。
こんな、一海兵の名前を覚えててくれたなんて。
大袈裟だと笑われるかもしれないが、嬉しさで小さく震える。
「名、前…」
「あ?」
「覚えててくださったんですね」
そう言うと、彼は居心地悪そうに視線を外した後、ガシガシと頭を掻いた。
「当たり前だ…惚れた女の名ぐらい、覚えてる」
耳を真っ赤にする、その姿が嘘ではないと語る。
予想外の出来事に固まっていると、赤さはそのままに鋭い視線が向けられた。
「なァ…おれのモンに、ならねぇか」
言葉が出ず、必死に首を縦に振る。
そんな私にスモーカー准将は柔らかく笑った。
(最高のプレゼントだ)
end.
Happy Birthday!
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