[クリオネ番外編|マスルール]


彼女についての話だ。初めてみたときは、別に何とも思ってはいなかった。理不尽に檻に入れられた彼女を含めた三人の女たちを見て、ただ助けてやらねばと思った。それ以上でもそれ以下でもなかった。

だから、王宮の中庭で彼女に起こされた時も、それが誰であるか暫く思い出せなかったのだ。ありがとうと深く頭を下げた彼女の旋毛を見てようやく、じわじわと記憶の糸が解けていったのを今でも覚えている。

年上、というのは雰囲気で直ぐに分かった。彼女はとても驚いていたようだったので、包容力が有りそうな眼差しからして明らかに二十は越えていると直感が教えてくれた、とまでは流石に言えなかった。その代わりに彼女の名前をさん付けで呼んだら、はにかむような微笑みでマスルール君、と呼び返された。


それから彼女は、毎日のように中庭に来るようになった。同じように毎日その時間帯に昼寝をしている俺の側で、彼女は何が楽しいのか知らないがとにかく微笑みながら昼食をとっていた。彼女の素性等は全くの不明だが、恐らく寂しかったのだろう。確信を持って言える訳ではないが、何となくそう思った。

彼女はどこまでも優しくて寂しそうな人間だった。何というか、十二分に暖かい部屋であるのに何故か底冷えするような、そんな笑顔をいつも顔に浮かべている。明るいのに暗く、芯はあるのに脆く、柔らかいのに堅い。まるで不安定な存在にみえた。

その所為だろうか、彼女の笑顔でない他の表情を見る度に、酷く安心するのだ。心配そうに眉尻を下げた顔、少し腹を立てて怒った顔、泣き顔…は見たことがないが、きっと彼女は音もなくポロポロと涙を流すのだろう。とにかく、俺にとってはくるくると表情を変える時の彼女がとても心地よかった。無論、彼女にはいつだって笑っていて欲しいと思いもするが。


彼女と出会ってから一週間程経って、漸く彼女が医務室に勤務している事を知った。いつもの不安定な笑顔で「もし怪我したらすぐに来るんだよ」と言い付けられた。別に彼女に恋愛感情を抱いている訳でも何でもないが、何故か自然と頷いている自分がいた。余程大した怪我でなければ、医務室などという選択肢すら見付けられない俺が、だ。どうかしていた。

だが、それからずっと俺の脳裏には彼女のその言葉がくすぶっている。怪我をしたら医務室。そう綺麗に脳にインプットされて初めて、何時の間にか彼女に心を許していた事に気付いた。





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