「へ?なに…それ」
「だから結婚…はまだ気が早いかぁ」
つーか高校生に手ぇ出すのって犯罪だよな。
独り言のようにそう呟くスクアーロさんを、穴を開けるようにじいっと見詰めてしまう。
どういう事だこれ。好きって言ったら結婚しようって返すってなに。条件反射みたいなヤツ?
ぐるぐるぐるぐる、一瞬でそんな風に考えを巡らせたけれど残念ながら答えは見つからなかった。見つかる兆しすらなくて、なんだか泣けてくる。
「え、つまり、どういう意味ですか」
「好きだって意味だよ」
「だれが」
「お前が」
「私が?」
「おまえが」
「私、メイが?」
「メイが好きだ」
ふざけているのかと彼の瞳を覗き込むも、それは真剣そのものの銀色をしていて参った。心臓のどくんと脈打つ音が鼓膜を内側から揺らす所為で煩わしい。
次出す声はきっと、いや絶対に掠れるに違いない。そんな確信を抱いた。
「か、彼女さん…は?」
当たり。やっとこさで出した声はやっぱり掠れていて、何だか風邪をひいている人みたいになってしまった。恥ずかしい。恥ずかしいけど、今はそんなのを義にしてられないくらいに心の臓の鼓動が煩雑だ。
「彼女だぁ!?」
「え、う、はい」
「いねーよそんなもん」
「だ、だって、お兄ちゃんが、」
スクアーロさんには彼女がいるから諦めろって。
途切れ途切れにそう口にする私の前には、銀髪の上に大きなハテナマークを乗せた大好きなスクアーロさん。
気を緩めたら泣きそうだと思った。
その私の涙腺爆発の元となる彼は、お兄ちゃん、その単語を聞くと耳をピクリと動かし眉根をきゅっと寄せる。そしてみるみるうちに可笑しな表情が形成されてゆくのに、そう時間は掛からなかった。
「チッ…ザンザスのヤツ、シスコンもいいとこだなぁ」
「し、シスコン…?」
「そおだろぉ」
「え、いや、お兄ちゃんがシスコンとかない、ですよ…さすがに」
首を横にふるふると動かすものの、スクアーロさんはお前は何も分かってねぇとばかりに私の頭の上に、あのティーカップを完璧に手懐けていた手をぽんと乗せるだけだ。
彼の手が触れた部分に体内の熱がガッと集まってゆくのを感じるのも束の間、また直ぐにスクアーロさんが口を開いた。何故かとてもとても、愉快そうに。
ザンザスはお前が思ってる以上にお前が大切なんだろぉ。
彼曰くそうらしい。私としては何処が大切にされているのかと疑問符が付くところだ。
実際付けてやろうと考えたのだけれど、その間も与えられぬまま、「そんな事よりなぁ」と全てを遮るようなスクアーロさんの低音に阻まれてしまった。悔しい…のだけれど、その声に聞き惚れてしまう自分がいて。
複雑で複雑で、とても甘い心境だった。
「俺の質問への返事はどうした」
「…し、つもん、」
「お前が好きだぁ」
「…っ、」
「…って言ったらどおするんだぁ?」
肩も、彼の手に触れられたままの頭も、ついでに真っ赤な心までもが飛び魚のようにびくんと跳ねた。
答えなんて決まっています。
決まっていますが。
今の今までダメもとだとか私が前に進む為だとか、そんな理由を付けて諦めきっていたからとても変な気分な訳で。
なんて言うんだろう、この心地は。夢心地、ってやつだろうか。うんぴったりかもしれない。本当に夢みたいだ。まあ本当に夢だったら泣いちゃうけども。
「…っ私と、結婚してくださいって、言いま…す」
「同じじゃねーかぁ」
にこり、今までで一番優しい擬音を付けて私の頭をゆっくりと撫でるスクアーロさん。そんな彼を改めて見、私の決して大きいとは言えない目からぽろぽろと涙の粒が落ちてゆく。だいすき。
なんで私こんな、この人の事をすきになったんだろう。そう思えば、涙の勢いが川から滝になった。
「ほら、涙拭けぇ」
「…う、だっ、て」
「全く、しゃーねーヤツだなぁ」
「っ、んむ!…んっ、」
「言っとくがなあ、」
不意に唇の自由と体内の酸素を奪われ跳ね上がった私を満足気に見やったスクアーロさんが、やっとこさで私の口内を解放してからそう言った。
言葉の続きが気にならないと言ったら嘘になるけれど、今はそんな事は二の次でただ彼の唇の柔らかさに痺れるばかりで何も考えられない。今なら死んでもいいや。心筋梗塞で倒れちゃえ、私。
「生徒に手ぇ出すのなんざお前が初めてなんだからなぁ!」
あれ、スクアーロさん顔真っ赤。
成人を迎えて、この春からは会社勤めになろうという男性が、その稀な美し過ぎる銀髪まで赤く染まっているという妙な錯覚を起こしてしまうくらいにまっかっか。
そしてそんな彼の可愛らしさに、どうやら私は左心室の一番重要な場所を溶かされてしまったらしい。ああ、大好きだ。
流れで忘れてしまっていた銀の包みを、ガサガサと派手に音を立てながらテーブルの下から取り出した。
ん、と小首を傾げるスクアーロさんに、ありったけの気持ちと言いそびれていた言葉を添えて。そうやって差し出した物は、この日は、私の何よりも大事な想いへと変換された。
そのままずいと差し出した銀色が、同じような色と光沢を持った彼の髪をゆらゆら映す。逃げなくて良かったと、心の底からそう思った。
「えと、スクアーロさん、誕生日おめでとうございます…!」
エスケープ
(20120327)