「いらっしゃいませー」


からんからん。
チョコレート色の扉を引いたら可愛らしい鈴の音が響いた。それと同時にやっぱり可愛らしい店員さんのソプラノが私に飛んできた。

ここは街で人気のケーキ屋さんです。今は学校帰り。今日の午後5時過ぎに家に来る家庭教師の為にケーキを買いにきた訳。
そう、今日が彼にとっては記念の日、私にとっては運命の日(結果は問わず)なのです。



キラキラ光る透明なショーケースに入れられた色とりどりのケーキを眺める。
どれもこれも可愛くて美味しそうで、何だか私の部屋には場違いな感じが否めなかったけれど、それでも買わないという選択肢が私の中に生まれる筈もなかった。

にこにこ笑顔を絶やさずにケーキと睨めっこする私を眺める店員さんを確認してから、一番のオススメは何か聞いていみる。

すると店員さんはうーんと小首を傾げて考える仕草をしたけれど、それでも笑顔は崩さなかった。すごいなあ。私には接客業無理だなたぶん。


「こちらの苺タルトなんて如何でしょうか」
「タルトかあ」
「苺の季節ですし、あ、あとチーズケーキも美味しいですよ」


店員さんが指を指したベイクドチーズケーキには粉砂糖が沢山降ってあって、私は一瞬でそれに視線を奪われてしまう。

粉砂糖まで、スクアーロさんの髪に見えるとは。ヤバい、やばいぞ私。
胸中でそんな風に喝を入れながらも、教本通りの笑顔で私を見詰める店員さんに注文をした。


「じゃあ苺タルト一つとチーズケーキをー…二つで」
「かしこまりました」


注文を受けてすぐ、手慣れた手付きでトングでケーキを次々に挟んでゆく様をぼーっと見詰める。スクアーロさん、どっち選ぶのかなあ。というより、あの人は甘いもの好きだっけ。

マグロのカルパッチョ作ったほうが懸命だったかなと、綺麗に包装されていくケーキの箱を尻目に考えていると、不意に私の鼓膜を高い鈴の音が震わせた。

からんからん。
驚く事はない、ただお店に誰かが入ってきただけだというのに、何故か肩がびくんと揺れる。
でも、その直後に聞こえた声に私は更に肩を、体中を震わせる事になってしまった。

え?…嘘、なんで、今こえが。


「ゔお゙ぉいメイ、返事しろぉ」
「は、はははい!」
「珍しいなお前がケーキ屋にいるなんて」


それはこっちの台詞だから!あんた何、ここのケーキ屋さんの常連とでも言うんですか!

言葉にならない言葉が胃の中でちゃぷちゃぷ跳ねる。す、スクアーロさんが、今目の前にいる…。鉢合わせした場所も場所だけれど、取りあえず今はその事実だけで手一杯だった。掠れる声が鬱陶しい。


「ど、どうしてここに…?」

やっと音声に変換された言葉に対して、先生はバツが悪そうな表情で頭を掻きながら私をちらと見てくる。
中々答えようとしないので、もう一度どうしたのかと問えば渋々と言った顔で口を開いた。


「ケーキ買いにきたに決まってんだろぉ」
「なんでケーキ?」
「お前ん家で食うんだよ」
「あ、もしかして」


スクアーロさんも私と同じ目的ですか?小首を傾げそう聞くも、あっさりと「お前の目的を知らねーよ」と突き返されてしまう。
でも照れ臭そうな仕草からして、どうやら私の読みは当たりらしい。スクアーロさんも自分の誕生日だから、とケーキを買いに来たって事だ。

自分の誕生日にケーキとか、可愛いなおい。
思わず笑みが零れてしまっていたらしく、スクアーロさんに笑うなと言って小突かれる。

顔を上げれば、先ほどまで完璧な笑顔だった店員さんが出来上がったケーキの箱の横で困ったように佇んでいた。



(20120327)



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