スクアーロさんの誕生日は明日だ。もう時間がない。
別に何をするでもなく、リビングでバラエティー番組を見ながら頭の端でそんな事を思う。

若手芸人が笑いを取ろうと必死に声を張る面白みに欠けた液晶の向こうで、彼の銀髪がゆらゆら揺れている気がしてきた。やだな私。末期症状じゃないのこれ。


明日火曜、スクアーロさんが何時も通り家に来たときに告白すると決めていた。

勿論答えなんて分かりきっているし、何か見返りを求めようとも思っていない。ただ、このまま想いを秘め続けていたんじゃもう前に進めない。
何となくそう直感したから、私はこの際すっきり振られようと決めた訳だ。


ギャーギャー煩いリアクション芸人と若手芸人が私、というか全国の夕方のお茶の間に向かって馬鹿みたいなボケをかましているのを聞きながらソファの背もたれに重心を預ける。笑えない。今見たって全然面白くない。

仕方無くテレビには目だけを向けその他では明日の髪型の事、それに後で買っておくつもりのケーキの事を考えること数分。

不意に私の後ろで、私の名前を呼ぶ声がした。低い低い声だったから、振り返る必要もなかった。
こんな風に気取られる事なく背後に回り込めて、こんな低い声を出す人間なんて早々いないだろう。少なくとも私はお兄ちゃんしか知らない。

というか、部屋の扉開けた音なんてしたっけ。テレビに夢中なってるわけでも無かったのに、お兄ちゃんて本当は何者何だろう、忍者?
なんて液晶内の芸人張りに馬鹿みたいにボケた事を思いながら静かに振り向いて彼を見上げる。相も変わらず、鋭い目をしている兄だった。


「お帰り、今日は早いね」
「明日はカス鮫の誕生日だぞ」
「…うん、知ってる」
「諦めたのか?」


私の出鼻を挫くかのようにいきなり核心を突いた話題を持ち出してきたお兄ちゃんに、自分の中で精一杯の平静を装って対応する。

ふるふると首を二回横に振ると、お兄ちゃんの瞳孔が少しだけ開いた気がした。でもその後すぐに盛大な舌打ちが飛んできたから、それはたぶん目の錯覚だ。


分かってはいた。
兄は他人の為に言葉を選ぶなんて、そんな野暮ったい真似をする人間じゃないと分かってはいたのに、やっぱり心中では少し狼狽えてしまった自分がいて悔しい。まあそれも、極力表に出さないように気を張っているのだけれど。


「…メイはもっと自分の意志が薄い奴だと思ってたがな」
「それは私が猫被ってたからでしょ」
「ハッ、今は違うのか?」
「え?」
「確かにお前は俺には言うようになったが、あのカスの前ではへらへらしてんじゃねーのか」
「へらへらなんてしてない」

スクアーロさんの前で、猫被りなんて。

そこまで来てハタと気付いた。
私は彼に嘘を吐いているじゃないかって。

なんで私の中で、これを無かった事にしちゃってるんだろう。なんで嘘吐いてるのに、スクアーロさんに告白しようなんて考えられたんだろう。私、ニワトリみたい。

呼吸がし難くなっていくのが手に取るように分かる。まるでこの部屋が海になってしまったみたいだった。首が締まる、そんな妄想まで生まれた。


「どうした」

こんな中でもお兄ちゃんは平気そうに腕を組んで仁王立ちだ。すごいなあ。溺れるなんて考えもしないんだろうな。それともテレビの雑音が泡がコポコポと浮かんでいく音に聞こえる私が弱いだけか。


「お前また逃げるのか」
「…にげる?」
「背中を向けたヤツが何かを掴める筈がねぇ」


しゃべる事すらままならない私なのに、不思議と兄の声だけははっきりと聞き取れた。

そして、やはり兄は忍者なのだろうか、彼の言葉は何かの術の如く私の海を引き潮へと変えていったのだ。びっくりして、また涙が出てくる。

私はずっとずっと逃げてきた。
嘘を吐いてはぐらかしてばっかりで、それで平気な顔をして生きてきたけど。けど、スクアーロさんから逃げたくないと思った。思ったというより、兄が思わせてくれた。


「チッ、ドカスが」


膝の力がガクンと抜けて、私がソファに雪崩込むように体重を預けた瞬間に放たれた言葉。それは普段なら尖った槍のように聞こえるのに、今は耳障りの良い、優しい毛布のようにしか聞こえなかった。




こんなのボスじゃない…ぐぐ…
(20120325)



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