「あ、いたいたスクアーロさーん」
「遅えぞぉ」
「寝てたんですもん、ふぁあ、」
「欠伸すんなだらしねえ」


スクアーロさんにメールで呼び出しを食らったのが30分前。そして今、私はその指定場所である最寄りのコンビニに来ていた。

土曜だからか、お客さんもぼちぼち入っていたし自動扉前には不良らしき学生たちがたむろしていた(午前中からよくやるなあと逆に感心した)けど、それでもスクアーロさんは直ぐに見つかった。嫌でも目立つ鮮やかな銀髪と日本人離れした長身の所為だ。


「で、どうしたんですかいきなり」
「いや、大した用じゃねーんだが」
「じゃあ呼び出すなよ休日に」
「お前どうせ予定ねーだろぉ」
「失敬な」


私が泣きじゃくり彼に嘘を吐いたあの日以来、私達の関係は元通りに戻っていた。いや、戻っていたというと語弊がある。

正しくは戻っているように見えた、だ。
実際私からすれば、あの日以前と今では僅かながらわだかまりがあるように思えてならなかった。何て表現すれば良いんだろう、向こうが妙に気を遣っているというか。

そしてたちの悪い事に、その態度は私をもっとやるせない気持ちにさせるという事にスクアーロさん自身は気付いていないようだった。これだから男の人って困る。バイクだとか電車だとかを気にする前に、もっと女の子の気持ちに気を配れって話。


まあ勿論そんな風に正直に気持ちを吐き出せる筈もなく、ただ黙って、但し頭の上にクエスチョンマークを浮かべて彼を見上げる。

けれどスクアーロさんの背が高すぎる所為で、すぐに首が疲れて止めにした。
わざわざ目を合わせて心臓を痛める必要もないだろう。そうも考えたから。


「で、冗談抜きで何です?」
「いや、お前にやるモンがあってなぁ」
「スクアーロさん最近多くないですか?」
「何がだよ」


私に何か物をくれる事。
ガサゴソとポケットの中を探る細長くて綺麗な指をぼんやり見詰めつつそう言うと、先生は一瞬だけ狼狽えた、ように見えた。

けれどそれは、目の錯覚かなと思い直してしまうくらいに本当に一瞬で、もう次の瞬間には彼は大人でニヒルな笑みを浮かべつつポケット漁りを続行していた。私の彼の表情で唯一嫌いなものをひっさげ立っていたのだ。

無理に大人な笑みを浮かべるスクアーロさんなんて見たくない。彼女にはこんな顔しないんだろうに。私がガキだからって大人ぶるなよ。

今なら灰色の涙が流せそうだと馬鹿な事を考えた。嫉妬とか寂寥とか、それと先生への思いが詰まったヤツ。

今にも溢れ出さんと、気管で大渋滞する言葉を必死に押し戻す。

こんな正直な気持ちを吐露して引かれたらどうするんだ、私が嘘を吐いたって嫌われたどうするんだ。

そんな思いを頭の中で、まるで愛用のウォークマンから流れてくる大音量のメロディーのように反響させたら、何とか出力せずに済んだ。その代わり、目線はじっと一点に集中させる。スクアーロさんの手だけに。

すると数秒後にそれは、ポケットの中から漸くと言ったように重々しい動きで何かを取り出したのが見て取れた。赤いお守り。彼のポケットから出て、外気にそれが触れた瞬間直ぐに分かった。


「…学業成就?」
「違え」
「え、じゃあ何?」
「それ以外コレしかねーだろぉ」
「……れんあい、ですか、」


スクアーロさんが、詳しく言えば彼の手がくるりとお守りを裏返すと、そこには金糸で恋愛御守と刺繍されていた。
先生の銀髪に負けず劣らず眩しく光る赤と金に目が眩む。足が竦む。

情けなくも気が動転している私を不思議に思ったんだろう、スクアーロさんはどうしたと言いながら私へと御守りを差し出してきた。手のひらを開こうとしない、いや、出来ない私に半ば無理矢理それを握らせる。

全くいやな男だ。
いやなのに大好きな、人だ。


「頑張れよぉ」
「……」
「諦めたらそこで終わりだからなぁ」


何故か苦虫を噛み潰したような表情でそうやって私に励ましの言葉を送ってくる彼の髪に、やっぱり目が眩んだ。

諦めたらそこで終わり、か。
もしスクアーロさんが、私の好きな人が自分だと知ったならこの言葉を取り消すんだろう。

悔しくて、寂しくて、知らず知らずの内に私は「恋愛御守」をぎゅうっと握り締めていた。



(20120325)



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