「ゔお゙ぉい、どおしたぁ?」
「……ちょっと、」
「具合でも悪いのか?」
「いえ別に」
「何か悪いモンでも食ったんじゃねぇだろーなぁ」


お前何でも食いそうだもんなぁ。
女子高生に向ける台詞ではない事を平然とした口調で付け足しながら、私の大好きなスクアーロさんはやっぱり私の大好きな端正な顔をくしゃりと歪める。

あんたが悪いんだよバーカ。
そう思うものの、無論口に出すことは出来ない。
ただただ胃に、消化不良を起こしたかのように先生へのあまい想いと事実への苦い感情が蓄積されてゆくだけだった。

ああ、私はこんなにも好きなのに。
なのに私に無防備にも見えるような笑顔を向けるスクアーロさんには、違う大切な人がいるだなんて。

耐えきれないなあ。
心中のみで呟いた筈のそんな言葉は何故か口から飛び出していて、当たり前のようにスクアーロさんの耳へと駆けていく。

声の大きさも喋るにしては小さく独り言にしては大きい位だったから余計なのだと思う、今日もローテーブル一つ分の距離に慣れた様子で座る彼は、至極不思議そうな表情で私を見据えてきた。
その瞬間、不意をついたように私の脳に昨日身体に染み付いた、時計の秒針の進む煩わしい音がこだまする。

それは私の中のスクアーロさんへの想いと喧嘩して、派手にぶつかり合って私に可笑しな感情をもたらす。もう、このままで良いじゃないかという感情を。


今のまま勉強していって、成績を上げていけば私はスクアーロさんの「可愛い教え子」としての地位を確立できる。それは確かだ。

だからもう高望みはしないでこのまま、想いを秘めたまま過ごせばいいのだ。それだけで、私の心は傷つかずに済む。傷つかずに、済むのに。


「体調悪ぃなら無理すんなぁ」
「……」
「なんか必要なモンがあるならコンビニで買ってきてやる」
「…っだから、」


違うって言ってるでしょ。
それは声に出した筈なのに、今度は逆に言葉になっていなかった。たぶんスクアーロさんが優しすぎるからだと思う。

この人が余りにも温かいから、私は私にとっても彼にとっても優しい選択肢を取ることができない。だって、どんどん好きが大きくなっていくんだもん。

きっと今の私の想いは、他の記憶全部を無くしたって消えない。たとえスクアーロさんの名前を忘れてしまったとしても、気持ちだけは消えないのだろう。全く自分が嫌になる。

心臓から絞り取るように声を出す。

たすけて、その言葉は自分でも驚くくらいに掠れていて、何とはなしに死ぬのかなあと大袈裟な事を考えた。


「やっぱり何か困ってんのか」
「もう無理です」
「最後まで聞いてやるから言ってみろぉ」
「……あの、」


一瞬考えた。嫌われたいと考えた。
それは彼への想いを成就させたいという気持ちと、「可愛い教え子」でいたいという気持ち、どちらとも矛盾していて。もう何が何だか分からなくなって。頭の中がごちゃごちゃしていて。

いっそ大脳皮質にある私の記憶を全部書き換えてしまいたい、そう思った時には私の唇は動いていた。


「私、好きな人がいるんです」
「そうか」
「すきですきで仕方なくて、」
「……」
「でも、その人には恋人がいるらしいくて、どんなに好きでも頑張っても、報われないのは分かってるのに、」


そこから先は言葉にならなかった。
代わりに嗚咽混じりの涙がもろもろ溢れてきて、私の心臓は海水みたいな涙をがぶがぶ飲んだ。

僅かに目を細めたスクアーロさんが、テーブルを回り込むようにして近付いてきて私のすぐ横にしゃがみ込んでくる。頭部に生まれた暖かい熱が、愛おしくて苦しくてどうしようもなかった。


「それは辛いなぁ」
「…っ、」
「全く何処のどいつだ、メイを苦しめる馬鹿は」
「……」
「俺が一発殴ってやりてぇ」

「っ、せん…ぱい、」


海水みたいな涙に溺れる。
たぶん私が嘘を吐いたからだ。

先生、なんて言えなかった。

ソイツ見る目ねーなぁ、って口にしながら優しく頭を撫でてくれるスクアーロさんに、本当の事が言える訳がない。嫌だなあ、昔からの猫被りが染み付いて消えないや。

心臓の真ん中が痛んで痛んで、それを涙で埋めようとしたらもっと痛くなった。私は、馬鹿だ。



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(20120318)




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