カチッ、カチッ、私の鼓膜を叩くのは一定間隔で秒針が進む音とあとひとつ、お兄ちゃんの唸りにも似た説教みたいな台詞たち。

お前には危機感が足りねえ。カス鮫と言えど男だ。そもそもあんなカスを家庭教師にするとはお前の頭は豆腐か。

等々、もっぱら私とスクアーロさんを貶す言葉ばかりをもうずっと聞かされていた。スクアーロさんと一緒に歩いているのを目撃されて、三人で初めて顔を合わせた後家に帰ってきてからずっと。それにしても豆腐って。

別に私がスクアーロさんを家庭教師にした訳じゃないし、というかお兄ちゃんにああだこうだ言われる筋合い無いじゃん。

そうは思うものの、如何せん兄が怖いので気持ちを言葉にする事は出来ずにいる。獲物を狩るときの鷹よりも鋭い眼力で私を射抜かんとする兄の前で、萎縮しながらもなんとか立っている状態なのだ。


お兄ちゃんの行動や考えは全く読めない。生まれてからずっと、もう十数年も側にいるにも関わらず予想だに出来ない。

それはきっと私が不出来な妹である所為なんだろうな、「カス鮫なんかに引っ掛ってんな、カスが」という兄の鈍器のような罵声を浴びながら、ぼやぼやと自分の存在がいかに矮小なものであるのかを噛み締める。高校生のやる行動ではないと思うけども。


それにしてもこの年で、兄から説教という名の罵倒を受けるとは。やっぱりお兄ちゃんは読めない。

カチカチと音を発する掛け時計を一別してから、いつか兄がこの秒針のように波のない性格になってくれればいいと無理なお願いを空気に浮かべてみた。


「…あの、お兄ちゃん私ね、」
「あ?カス鮫が好きだとか言うなよ」
「うえ、なんでわかるの…?」


お兄ちゃんエスパー?
兄の額に青筋が浮いてゆくのがありありと見えて、場を僅かでも和ませようと軽い冗談を口にする。もちろん、ぎこちない笑顔を添えて。

でもどうやら、そんな私の防御などは三匹の子豚で言えば藁の家と同様に軽く吹き飛ばせるものであるようで、実際彼の一睨みで私の言葉や勇気、その他諸々は見事なまでに崩れ去っていった。ただただ、兄の表情が怖い。もう何も言えない。


「どういう事だ」
「いや、どういうと言うか、その」
「はっきり喋りやがれカス」
「っその、私スクアーロさんが好きで、」


そこまで言うと、お兄ちゃんは唸るような声音でそうじゃねえと口にした。何でこんなに怒っているんだろう。もしかしてお兄ちゃん、スクアーロさんの事が好きとか…?

一瞬、クラスメイトのチカちゃんが喜びそうな絵、兄とスクアーロさんが「そういう」関係になっているところを思い浮かべるも、すぐに頭をブンブンと振って追い払った。

有り得ないありえない、流石にない。
というか是非とも無い方向でお願いしたいなあ、なんて少し可笑しな思考を片手に再び向き合った兄は、それはそれは険しい顔をして私をひたと見据えていた。

カチッ、カチッ、断続的に時を刻む音がちょっぴり鬱陶しいと感じる。


「スクアーロとはもう付き合ってんのかと聞いたんだ」
「え?っい、いや片思い…です」


片思い。口に出したら急に寂しくなった。

そう言えば私のこの感情はただの一方通行でしかないのだと、そう考えたら傷口に何かを塗り込んだ時みたいにずくずくと心臓が痛んでしまって仕方無い。私は案外重い女なのかもしれない。

肩を小さく窄める私を見下ろす兄は、やっぱり怖いくらいの険しさを覗かせた表情で私を真正面から貫く。人間の視線ってこんなにも痛いものなんだと、そう体感させられた。


「じゃあ今すぐ諦めろ」
「な、なんで…?」
「…カス鮫には女がいる」
「っ、」
「お前が適う訳がねぇ」


全身が固まるという感覚を、私は生まれて初めて理解した。唇も動かせない為、声も出せない。

スクアーロさんには付き合っている人がいる。
その事実だけが、先程の片思いという単語と同じように骨身に染みてゆく。

ただその事実は、片思いなんかよりよっぽど鋭くて、一瞬死にたいとさえ思うくらいに痛かった。愚鈍な痛みだった。そう、ちょうど鈍器で顔を横殴りされたような。そんな痛み。


「それでもお前はカス鮫が好きか?」


兄の言葉は矢張り鈍器の様だと、悟った時にも時計の針は動いていた。カチカチと、私の心を刻んでゆく。



(20120318)



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