夕陽に照らされた電車の中、まだ少し腫れぼったくて重い瞼を擦りながら隣の銀髪に指を絡めてみる。
私の些細な行動に気付いたのだろう、スクアーロさんはゆったりとした動作で私を見、それから小声で本日何度目かの謝罪を紡いだ。

悪いなぁ、移動手段が電車で。

それがもう聞き飽きたくらいに聞かされた、スクアーロさんの台詞だ。何でも彼は今、車は持っていないしバイクは今修理に出しているしで電車でしか移動出来ないらしい。

私からすれば先生にしがみついてバイクに乗り彼の背中に顔を埋めるのも、二人で肩を並べて電車に揺られるのも同じくらい魅力的で幸せな事なんだけども。けどスクアーロさんはそうは思っていないようだ。男の人って難しい。


そして私はと言えば、結局今日は一通り泣いて涙を出し切って、それからはもう何事も無かったかのように最初と同じようにはしゃいで遊んだ。
というよりは、はしゃいだ様子を見せなくてはスクアーロさんにまた心配をかけてしまうと思って、それだけは自分自身許せなくて半ば無理矢理テンションを上げた。


まあ兎にも角にも、あっと言う間に時間は過ぎ去り気付けばもう陽も西側。

先生との休日が終わってしまい名残惜しくはあるけれど、まさか気持ちを伝えて離れないなんて訳にもいかないので、こうやって真っ赤に染まる車内に二人で佇んでいるのだ。


ガタンとかゴトンとか、電車ならではの音をサントラ代わりに揺られること十分。
私の家の最寄り駅に着き、最後まで律儀に歩いて送ってくれる気らしいスクアーロさんと共に改札を出た。夕日に照らされる銀髪が眩しくて仕方無い。


「送ってくれなくても大丈夫ですよ?」
「駄目だ、女子高生は狙われやすいからなぁ」
「ははっ、それオッサンくさい」
「んだとぉ!」


声を荒げたスクアーロさんだけれど、何故かそれとは相対するように柔らかい仕草でまた手を差し伸べてくれた。嬉しいことに手を繋いでくれるみたいだ。

無論断る理由もつもりもなく、素直に甘える事にしようとその大きくて骨張った手のひらに自分のそれを重ねる。夕陽の所為かな、ちょっと暖かい。

もうこのまま、手のひらから私の気持ちが伝わってくれたならどんなに良いだろう。
そんな我が儘な事を願ってしまう私は、きっとお子様で扱いづらい存在に違いない。

違いないのに、何故かスクアーロさんはこんなにも優しく私の小さな手を握ってくれる。奇跡みたい、だ。


「スクアーロさん」
「なんだぁ?」
「…なんでもないです」
「言えよ、気になるだろぉ」
「…次はバイクで何処か連れていってほしいなあ、なんて、」


取り繕ったような「あははっ」という乾いた笑い声は自然に口から出ていったクセに、何故かとてもわざとらしく住宅街に響いた。
何か今日の私は格好悪い。まあ、私が格好いい日なんてないんだけれど。

あまりに出過ぎてしまった事を口走ってしまったのは自分でも重々承知している所為で、羞恥心みたいなモノに邪魔されてスクアーロさんの顔を直視できない。

手、離そうかな。
汗ばんだら末代までの恥だよなあ、なんて存外気の抜けた考えを頭の中でループしつつ、重ねていた手を静かに解かんとした。

…のだけれど、駄目だった。
犯人を逮捕した警察のようにがっしりと、そりゃあもうガシッと私の手を握っているスクアーロさんの所為だ。

思わず彼を見上げると、眉根をきゅっとよせた切なそうな表情の私の好きな人がそこにいた。

なんで、そんな顔するんですか。
私が辛くなるじゃないか、馬鹿。
思いが溢れそうで、否、溢れ出したいと悲鳴を上げていて困る。どうしようもない。


「スクアーロさん、わた」
「おい、メイか?」


不意に私の言葉を遮り鼓膜を揺らしたのは、聞き慣れた低い声。

スクアーロさんとはまた違った、獰猛なライオンの唸り声みたいな、それこそ人の背筋を凍らせる為にあるような声音。現に瞬間的に私の背中に、冷たい電流が走ったもの。

声だけでこんなにも人を震撼させられる人間を、私は一人しか知らなかった。


「お兄ちゃん!」「ザンザス!」


…は?は?
お兄ちゃんの名前を横で叫ばれ、今度は肩がびくんと揺れた。でもそんなのはどうでも良い。
今確かにスクアーロさん、お兄ちゃんの名前を呼んだ…よね。


「何してやがんだカス共」
「え、…もしかして、」
「あ?」
「スクアーロさんてお兄ちゃんの友達…?」


言った瞬間、繋いでいた私とスクアーロさんの手がどちらともなく離れていく。
だって、お兄ちゃんの形相が鬼みたいなんだもん。正に蛇に睨まれた蛙ってやつだと思う。

取り敢えず繕うように、また乾いた笑みを零す。
私同様気まずそうに笑うスクアーロさんを見て、ああこの人も日々お兄ちゃんに振り回されてるんだなあと余計な共感を覚えてしまった。



(20120313)



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