ついにきたきた、対バン当日です。

今日は朝8時からボスの家に集合して、あの無駄に大きな家で最後のしごき、否、洗礼を受けた。
それから二時間後くらいにはもうライブハウスに入り、今日一緒に対バンをするボス繋がりの5つのバンドに五人揃って挨拶をした。あ、いや待て五人じゃないな。ボスはなんか入りの時の照明の当て方についてスタッフさんに説明してたからいなかった気がする。

まあ兎に角私達はもうやることは済ませた。

因みに今日ご一緒する五バンドのうち三つがヴィジュアル系で正直おったまげた。やっぱり時代はV系なのだろうか。
でも言っておくけれど、私たちはV系ではない。決してない。ボスの羽やらスクベルルッスの三人の頭やらの所為で勘違いされるけれど、確かに制服も黒いけれどでも違うもん。


話は戻って、対バンのスタートは午後一時から、しかも私達ヴァリアーは最後を飾る(聞いたところによればボスが無理を言ったらしい)から出番は遠い。

何しろ一バンドの持ち時間が五十分、楽器入れ替えや音合わせその他諸々を十分で済ますみたいだから一時間セットとして…うえ、6時からか。6時と言ったらあと八時間はある。それまでかなり暇だ。まだ対バンが始まってしまえば他のバンドを見て時間を潰せるからいいものの、 今から三時間はどうしようもない。

このライブハウスは別段大きなモノという訳でもなし、控え室と言っても他バンドでごった返す一室だけだ。無論きちんと練習するリハーサル室など有るはずもなく、次に控えるバンドが控え室のある二階とステージのある一階を繋ぐ外から丸見えの階段の踊場で空合わせをするしか無いのだ。近くにスタジオもないし。
ああ、なんて不便な場所なんだろう。


熱気と人口密度でもわもわする控え室の中、溜め息を吐きつつも仕方無く虎目レスポールで遊んでいるベルの隣に座り込む。側ではスクアーロさんが他のバンドのベースと熱く重低音談義を交わしていた。



「ンだよ碧」
「いや暇でさあ」
「シンセの具合見てこいよ」
「もう見た」


あまりの退屈さの所為か込み上げてきたあくびを噛み殺しながら答える。

控え室やライブハウス自体の設備はあまり良くない所だけれど、アンプやシンセサイザーはとても良品だった。高いブランドのヤツだし、メンテナンスもきちんと行き届いてるみたいだし。文句はない、全く。でも、楽器関連では文句の付けどころが無さすぎるから余計に退屈な訳で。

取り敢えず今近くにいて私の相手をしてくれそうな人間はベルしか居ないので、彼との会話が途切れる事のないよう全神経を集中させる。

どうやらそれを敏感にも感じ取ったらしいベルは、まるで本物の王子のような他人を隷属化する笑みを浮かべた。憎まれっ子世に憚るとはこの事か、こんにゃろう。
思うものの、やっぱり今話し相手を失うのは痛手だという気持ちが勝って、仕方無くへつらうような笑顔を作る。別にベルにいい顔したい訳じゃないけれど。


「媚びてんじゃねーし」
「あれ、気付いた?」
「ししっ、馬鹿にすんな」
「そっか」
「ナニ、お前」
「ん?」
「もしかしてもしかすっとさ、」


王子に惚れてんの?
他人との距離を計るかのような金糸の壁を通り抜けたベルの視線が私の顔面に刺さった。

それと同時に私のお腹の底からよく分からない感情が湧き上がってくる。それは決して、好きだとか格好いいとかそういった甘やかな類のものじゃなく、どちらかと言えば怒りや呆れに近かったけれど。つまりそう、自惚れんな、って事。


「ベルなんかに惚れる訳ないし」
「ちぇっ、碧うぜー」
「うざくないしほんとだし」
「ま、碧に惚れられても困るだけだけどな、しししっ」


悪びれもせず、恥ずかしげもなく笑顔を晒すベルに逆にちょっと笑ってしまった。きっと彼の中には自惚れなんて単語は存在しないのだろう。自分が一番でなんぼ、彼はそんな価値観を持っているに違いないもの。

ベルには気付かれないように小さく息を吐いてから重たい腰を上げる。ぺたりと床に座っていた所為で制服、というか衣装の黒いコートがお尻にぺたりと張り付くのが鬱陶しくてならない。


「どこ行くんだよ」
「ベルのいないとこ」
「ハア?お前自分で暇とか言って近寄ってきたクセに」
「だってベルうざくて」
「殺すぜ?お前のが百倍うぜーし」


どうやら私の攻撃も少しは効いたらしい、キラリと光る銀のオリジナルナイフがベルの懐から見え隠れしていた。すごい切れ味がいいんだよねあれ。

以前、一本拝借してリンゴを剥いた時のあの感動を思い返しながら取り繕うようにアハハと乾いた笑い声を漏らす。こんな物騒なモノを持ってる危ないヤツなんだって、あの子達は知っているんだろうか。知る訳ないよなあ。

ベルだけに聞こえる声量で「ごめん」と口にしてから彼の側を離れる。ベルはと言えば一瞬ぽかんとしたように見えた。見えただけだから何とも言えないけれど。

控え室の扉の方へと歩きながら、壁沿いに集団になって固まっている女の子数名、出演バンドの中で唯一のガールズバンドの皆さんをちらと見る。そう、ベルの本性など知らないであろう女の子たちだ。

そんな彼女達も私を見詰めていたので、当然ばちんと視線がぶつかった。ただ私からのものとは違い、私に向けられる目は煙たがるような、何かの害物を見るかのようなモノだった。女の怖さが凝縮された視線。うん怖い。

実はベルの隣に座っていた時からそれをずっと感じていたのだ。きっと彼女達の内誰かがベルに一目惚れでもしたのだろう。
この刺さるような視線には、ベルの隣を独占している事への妬みや私がヴァリアーのいわゆる紅一点(実際そんな扱いを受けた覚えはない)である事への羨みが混じっている気がした。肌で感じた私が言うんだから間違いない、たぶん。


取り敢えずこれ以上私の株を下げない為に、未だ私を睨み見る彼女達に軽く頭を下げる。勿論顔には絵に描いたような笑顔…だと余計逆効果な気がしたので、自然に目尻を下げたみたいな表情を侍らせて。

すると私の狙いは一応当たってくれたらしく、何人かは瞬間的に柔らかい表情へと変わったように見えた。それを安堵の息と共に確かめてから、視線を前へと戻し扉に近付く。

ドアノブを捻ったのと同時に、ベルに話し掛ける女の子の高い声が聞こえた。




またやる事がなくなってしまった。どうしよう。

時計を見ればスタートまでまだ二時間は余裕で余っている。そこで漸く、ベルと話していた時間はほんの数分に満たなかったのだという事実に気付いた。まああんな睨まれてたら居辛いのは当たり前か。

仕方無いなと思う反面、何故私だけ何時も風当たりが強いのかと不満でもあった。その理由は分かってる。男性、しかも多少奇抜ではあるもののイケメンの中で一人活動しているなんて、と妬む気持ちも痛いくらいに分かる。

でも、でもそれにしても私への視線は厳しいモノばかりだと思う。まあ、それは何も外側からだけでなくてバンド内でも言える事だけども。
もっとさ、たった一人(若しくは二人)の女の子を大切にするとかないんだろうかあの人達は。思えば私ばっかりが損をしているような気がする。

はあ、と盛大に溜め息を吐く。
気付けばライブハウスの裏側にある路地に出てきていた。

折角だし少し散歩でもして気を紛らわそうか。
そう考えてコンクリートで補正された道を歩き出そうとした瞬間、だったと思う。

不意に後ろから誰かに呼び止められた。低い声、男の人だ、それも知らない声。頭の中でそんな風に思考が回って、背筋がサアッと寒くなった。けれど顔を見もせずに無視する訳にもいかず、驚きと少しの恐怖で震える肩を押さえながら声の方を振り返る。

ガラの悪そうな男性二人だった。
ボスの知り合いだろうか、と考える間にも不思議な事に笑顔は自然と顔に張り付いてゆく。右側の男性が吸っているタバコの煙が風下の私へと流れてくるけれど、ある程度の距離があるからか私までは届いてこなかった。


「君、碧ちゃんだよね?」


何故、名前を知っているのか。
それは聞く前に、敬遠するかのように伝えられた。ザンザスの友達なのだ、と。ああそう言や顔合わせの時にいたかもこの人達。なんかコワい系のバンドさんいたかも。

それよりも心の隅っこでボスに友達という存在がいる事に驚きながら、そうなんですか、口先ではそんな感情はおくびにも出さずに振る舞う。私って結構、度胸あるみたい。

ベルの如く自惚れている私の鼓膜を、コンクリートを滑るようなザッザッという荒い音が揺らした。
それが彼等が私の逃げ道を塞ぐかのように近付いてきている所為だという事に気付いた時には、時既に遅し。

あろう事か私は、強面男性二人組と後ろの塀に囲まれてしまっていた。怖い、を先行して気持ち悪いが体中を駆け巡る。
乾いた笑みがぺろんと剥がれた。




だから女ってヤツは



よくある展開、珍しく続き物です
(20120408)