うわ何あの銀の長髪、見た?
みたみた、アレはないよね。

人通りの多い通りで、すれ違う女性達からのそんな声が嫌でも私の耳に入ってくる。

ああ嫌だ、人を外見で判断する奴等。
私に言わせれば、アンタ達のがない。

そう心中で呟きつつ、私の隣を了見の狭い陰口なんか気にもせずに大股で歩くスクアーロさんの服の裾を引っ張った。

スクアーロさんに、詰まらない世間体からの誹謗中傷を含めた視線を浴びせる人々への怒りの腹癒せにした事だった。言っておくけど、本来スクアーロさんに向けてやる事じゃないって事くらいは分かっている。


「ゔお゙っ、何すんだ碧!」
「別になにも」
「別にじゃねぇ引っ張んな」


バランス崩すだろぉ、と彼独特の喋り方で窘められるけれど、何故か私はこの人にだけは畏怖の念というモノを一ミリも持っていなかった。

何故か、恐らくそれはスクアーロさんが毎日ボスに虐待紛いの行為を受けているからだろう、それしか考えられない。

兎に角私は、年上陣の中でスクアーロさんにだけは食ってかかったりからかったり出来る訳だ。スクアーロさんいつもありがとう。

言葉に出さずいつものスクアーロさんの苦労(主にボスの世話)を労っていると、不意に彼の骨張った大きな手のひらが私の頭をポンポンと叩いた。

身長差が恐ろしい事になっているので顔を思い切り上に向ければ、そこにはスクアーロさんのえもいわれぬ表情。
それは悲哀にも慈愛にも思えて、ちょっとだけ私の心臓がきゅんと痛んだ。


「気にすんなぁ」
「え?」
「容姿を言われんのは慣れてる」
「…あ、」
「言わせたい奴には言わせとけぇ」
「…大変ですねスクアーロさんも」
「まあなぁ」
「ふふ、高校の時から注目の的で」
「そりゃベルもだろ…着いたぜぇ」



若かりし高校時代を懐古している私を促すように、スクアーロさんが私の左肩をトンと押す。

分かってますよーだ。
舌を出しておちゃらけた態度でそう口にしたら苦笑いされて胃液が分泌された。二つしか違わないのに大人な態度を取られるとムカムカする。って私はお子様か。


私達は目的地である全国チェーンの楽器屋に入った。今日ここに来た理由は他でもない。
あと三日に迫った対バンで披露する曲のスコアを買いに来たのだ。

私達「Varia」は基本的にオリジナル曲を扱っている。
因みに殆どの曲の作詞はボス(たまに吐き気がしそうな程に甘い歌詞を書いてきて皆を困らせている)、作曲はみんなで考え案を出し合って行う。

でもオリジナル曲ばかりではライブはともかく、対バンではウケがあまり良くない。やはり一曲くらいはコピーの曲、しかも誰もが口ずさめるようなメジャーな曲を組み入れた方がお客さんのテンションも上がる。経験的にそう知っていた。

なので持ち曲で有名な曲がない私達は、今からでもそれをやってやろうという訳だ。

実際三日間で完全にコピーしきるというのは中々死にそうなものではあるけれど、バイトを休んで一日中バンドに打ち込めば出来ない事はない。

そして絶対君主である我らがザンザスさんの出した答えは無論、死ぬ気で覚えやがれカス共、でありまして。

注文している暇もない為、私とスクアーロさんがスコアを買いに行くことになって今に至る。

それにしても楽器屋って本当に…。


「この曲はどおだぁ?…ってゔお゙ぃ、何楽器見てんだ!」
「うえっ!?」
「お前もこっち来て選べぇ!」
「でもフットペダルが私を、」
「でもじゃねぇ!」


スクアーロさんが青筋を浮かせて、ただでさえ大きな声を張り上げて怒鳴るものだから、言いかけの言葉は心中に仕舞い、仕方無く物色していたフットペダルを陳列棚に戻して彼の元へと歩いていく。

あーあ、折角ルッスさんの誕生日にフットペダル買ってあげようかなあって考えながら見てたのに。スクアーロさんて本当に空気読む気がないよなあ。
あ、でもそう言えばルッスさんてツーバスだからフットペダルも二つ使うのか。


揃えて買うとなるとなあ、とどうやって無い金を絞り出すか思案しつつ適当にスコアの棚に手を伸ばす。

楽器屋さんに置いてあるピーススコアは、大抵がメジャーなアーティストの曲だ。だから取っ付きやすいというか何というか、まあ兎に角どれを取っても知っている曲のばかりな訳で。

私が何の気なしに手に取ったスコアも、男性五人組の有名なバンドの有名な曲だった。確かCMソングになってたやつ。

中をパラパラ捲ってみて難易度を確認すると、間奏中のギターソロ以外は別段難しいという訳では無さそうだった。
しかもギターソロは大抵ボス。彼のギターの腕前は並大抵じゃないし、心配することはないだろう。



「スクアーロさーん、これなんてどうですか?」
「あ?…そおだなぁ…」
「これなら皆知ってるだろうし、二日三日でも出来そうだし」


ちゃっちゃと決めてしまいたいなんて不真面目な本音を腹の底に隠した私は、如何にもこの曲がやりたいオーラを醸し出してスクアーロさんを見上げた。

そんな私と相反してスクアーロさんは眉間にシワを寄せ、少し迷う姿勢を見せる。
何故だろうと首を捻ってもう一度スコアをまじまじと見詰めると、ああ納得。

このアーティストは、スクアーロさんがあまり好きではない奴らだったんだ。私としたことが失念。ちょっと失敗した…けどまあ、いいや。


「あ、嫌いでしたねこのグループ」
「…好きではねぇ」
「でもピッタリなのになあ…」
「……」
「ボスもゴーサイン出すと思うのに」
「ぐっ…、」


早く曲が決まればそれだけ早く練習を開始出来る。スクアーロさんの私情なんかに構ってられない。

そう思って私はこの曲を引き続きごり押ししていくことに決めた。その問答の間に違うスコア探せよ、と言われたら言い返せないけれど。

未だ自分の中で葛藤を続けているらしいスクアーロさんに、取り敢えずと言ってそのスコアを手渡す。そして空いた手で携帯を取り出してメール作成画面を出した。

誰に送るかって、ボス達メンバーに。
彼らに意見を聞いて、多数決で白黒付けてやろう。そう思ったからだ。


でも三秒後、私はメールの文面は作らず終いで電源ボタンを連打して待ち受け画面へと戻る事になった。

だって、だってスクアーロさんが頷いたんだもん。渋々って表情であった事は否めないけれど、それでも確かにこの曲でいくかって言ったんだもん。
意外で思わず彼を穴が開きそうなくらいにじいっと見つめてしまった。


「え?良いんですか?」
「いいっつってんだろぉ」
「びっくり」
「そうか?ホラ早くレジ行くぞぉ」
「うえ…やっぱりスクさん意外」
「まぁそうだなぁ、」


碧の勧める曲なら、大方当たりだと思ってなぁ。

私の一歩前を行くスクアーロさんが、そう言って照れ隠しなのか綺麗な銀髪をわしゃわしゃと掻くから。

だから私の心拍数はここ最近での最高記録を叩き出した。

どくどく。心臓が五月蠅い。
おかしい、今までボスにならまだしもスクアーロさんに対してこんな風に鼓動が騒ぐ事なんて無かった筈なのに。

なのにおかしい。
今私は無性にドキドキしている。

頬の火照りを冷まさんと、人目を憚る事もせずに一度大きく深呼吸。どうせ見てるのは店員と防犯カメラくらいだろう。


大丈夫、落ち着いて私。
これは一時のときめきってヤツだ。だから別に気にする事はない。

スクアーロさんの稀に見る恋愛イベントだと思いなさい。大丈夫「Varia」自体が乙女ゲームだと思って、ね?
そう、今のはゲーム内のイベントみたいなモノだから。このバンドは乙女ゲームだと思えばいいのよ!


いよいよ思考回路が危うくなってきた頃、スクアーロさんがお会計を済ませて私へと歩み寄ってきた。

途中銀色に塗装されたプレベを目を輝かせて食い入るように眺めていたスクアーロさんが余りに可愛くて、また変な思考回路に陥りそうになった私は只の馬鹿なんだと思う。



乙女ゲームと思い込め



因みに夢主さんにはこれからボスベルフランにもときめいてもらいます
(20120209)