自分が言われた訳じゃないのに、思い出す度どくどくと動悸が止まらない。

あの時、あの店員さんが一瞬だけ垣間見せた決意に満ちた表情とか、上擦っているのに筋の通った「好きです」とか、沖田さんを不安そうに見上げて返答を待つ様子とか。全部ぜんぶが、あの店員さんは女の子だった。隙あらばレベル上げに勤しむ私とは全く違う人種。可愛いし、護ってあげたくなるような生き物。ザ・女の子。

羨ましくない、訳ではなかった。でも私には到底無理。だから自分とは別の生き物になりたいと望むことはしない。ていうか、しちゃいかんだろ。

ただ、でも、むしゃくしゃする。
とにかくむしゃくしゃする。出来る事なら土方さんがストックしている最愛のマヨネーズカロリーハーフを全部池に流して温泉みたいな色合いにしてやりたいくらいむしゃくしゃする。ああついでに土方も色んな意味でハーフになればいいのに。体重とか存在とか寿命とか。



「ホウ、そりゃあ俺が早く死にゃあいいっつー事だな?」
「え?あれ今私、喋ってなか、ったですよね」
「お前は自分の心の声がいかに漏れやすいかそろそろきちんと自覚しような?あ?」


しような?とかまるで中学校の時の担任みたいな喋り方も、その表情で全てが台無しだった。なんかこめかみに青筋立てて笑ってやんの。残念残念。普通にしてれば大層な色男らしいのに。

やっぱ人間顔じゃないよな。イケメンだと思ったらライズウィズマヨネーズだったとかマジ笑えないもんな。うん、やっぱり人間は中身だよ。中身。



「まあ、土方さんは瞳孔もアレしてますけどね…」
「アレって何だよ先を言えきちんと」
「うるさい土方鼻風邪になれ」
「おまっ、日に日に総悟に似てきやがって…!」
「あーあー土方さん!その名前を今口にしないでください」
「は?」
「今むしゃくしゃしてるんです主に鬼畜童顔腹黒チンクシャ王子に!」
「おい、誰がチンクシャでィ」
「ひっ!」


突然の沖田さんの登場に息を飲む。と、その瞬間にはもう既に私の首には鬼畜野郎の腕がきちんと、そりゃもうきちんと巻き付けられていた。華奢なのに筋肉が程良くついていて、オマケになんかいい匂いがする。じゃ、なくて。


「ちょ、おぎだざんぐるじい…!」
「あ、土方さんおはようごぜーやす朝からクソムカつくツラでご苦労様でさァ」
「じぬ!じぬから!ごめんなざいゆるじでぐらさい!」


沖田この野郎様の細腕は見事に的確に私の気管を圧迫してくださっているから、息をする事さえ難しい。今まで、酸素酸素…とかメガネメガネのノリで言う三流お笑い芸人の気が知れなかったけど漸く分かった気がする。酸素って、こんなにも愛おしいものなんだね。

あ、なんか本格的に苦しくなってきた。こりゃもう少しで限界見えちゃうな中二でもないのに黄泉への扉見えちゃうな…!


「おい総悟、もう離してやれ。普通に死ぬぞ」
「じゃあ土方さん…交渉しやしょう。コイツの命が惜しかったら今すぐロープ持ってきて自害してくだせえ」
「よしならコイツ殺せ」


そいつに人質の価値はねーよ。
そんな非人道的な事を吐き捨てたのは土方さん、いやクソマヨ十四郎とかいうどこかの最低最悪な副長だった。まだ二十そこそこの乙女に対してなんたる仕打ちだ。前髪だけハサミで切ってやる。そう言って噛み付いてやりたいのに、残念ながら出来なかった。

というか本当に、本当に本当に本格的に視界が歪んできてもうどうにもこうにも。まじ口から泡吐きそう、いやこの際吐いた方が得策かもしれない。そうしたらムカつく事に私と目を合わせようとしない(いや私の焦点が合っていないだけかもしれないけど)土方もこっちを向くんじゃなかろうか。

よし今、今よ花果。今こそ乙女の尊厳を捨てて泡を吹くの。
って、私もともと乙女じゃないんだっけどうしようピンチ。捨てるもんなんて今更ないけどピンチだけど、う、わ、やべ、意識、と、ぶ。


「チッ、人質の価値もねえなら意味ねーや」


間一髪。まさに間一髪で、私の呼吸器は解放された。腕を解かれた瞬間にドサリと地面に張り付かざるを得なかったけれど。勿論二人とも手を差し伸べてすらくれなかったけど。

けど、ああ、私生きてる素晴らしい。
ケホケホ空の咳をしながら目一杯の酸素さまを体に取り込む。そんな私を横目でみるコイツ等なんて今すぐテロリストあたりに八つ裂きにされればいいのに。ひんやりとした床に頬擦りを余儀なくされる屈辱もあって、そんな物騒(だけど妥当)な事を考えた。



「どうしやした花果。そんなに荒い呼吸で、なんかあったんですかィ」
「どうせこの女の事だ、ゲームで二徹でもして思考が崩れて変なモンでも食ったんだろうや」
「人間ここまで薄情だと逆に凄いですよね、ていうか殉職しろ」
「お前がな」
「いや私は日夜殉職しまくってますから主に仮想世界で。だから貴方たちは実世界でどうぞ華々しく散ってください見てますんで」


何とか床から体を起こして声を上げるも、悲しいことに今は二対一。しかも女の子の扱いを知らないバカ上司二名なのだから、純真無垢な私に勝ち目なんてないだろう。

憂鬱な溜め息を吐いたら密色の髪の方のクソ上司が吹き出したから私の胃液みたいなのもつられて吹き出した。なにこの人。元はと言えば、元はと言えばアンタが。コイツの所為で私は意味もなく関係もなくむしゃくしゃしてるのに…!だって、本当に元を辿ればアンタが。


「あの子をあんな風に振るから悪いのに!」


そう、この沖田改めクソ鬼畜上司イーエックスは恋する女の子の決死の告白を、あろうことか鼻フックという所行で遠くに投げたのだ。

余りに破壊的なスローインに私の口が開いたことなんて言うまでもないだろう。それに彼女の事が(哀れすぎて)頭から離れないのも、それも当たり前ではないか!
だってだってあの子、本当泣きそうな顔してたよ。たぶん私でも泣いてた。若しくは大事な玉あたり潰してた。いやまあ、私はこんな奴に告白する予定なんてないけど。


「鼻フックて!ここ格ゲーの世界でしたっけ?」
「んだよ別にいいだろィそんくらい」
「そんくらい?告白してきた女の子に涼しい顔で鼻フックしてそのくらいって、土方でさえもビックリですよねえ土方」
「まあそりゃ総悟も悪ぃが、敬称忘れてんぞテメー」


この期に及んで敬称かよ!とツッコミそうになるのをどうにか堪えて、代わりに拳をキツく握り締める。無論返答はしなかった。口を開いたら確実に吠えるだろうし。賢明だと思わないか私。

それにしても、あの子は本当に可哀想だった。顔も普通に可愛くて愛嬌もあって女の子たるに足る女の子だったというのに。

もう何を言っても馬の耳に念仏だとは分かっているから、ゆっくりとゆっくりと目を瞑って、想い人からのアンビリーバブルな仕打ちに目を見開いた彼女を瞼の裏に浮かべた。もし時間を戻せるなら、きっと私は迷わず沖田より先にあの甘味処に行って、彼女の目を覚まさせるのになあ。

目の前のイケメン上司たちが残念過ぎて、なんかもう笑えた。



8:乙女に平伏せ


(20130131)