「っ、いらっしゃいませぇ!」


ガラガラと見かけによらず派手な音を立てて開いた店の扉、その向こうに私の大好きな彼がいると確認出来た瞬間に、私の心臓は何ミリか跳ねた。だからだろう、何百回と発している筈のいらっしゃいませが上擦ってしまったのは。

彼はいつものように大股で店に入ってきて、緊張で掠れる私の「何名様ですか?」の声に何時も通り「一人でさァ」と返答した…訳ではなかった。

今日はなんと彼の後ろから、女の子が続いて入ってきたのだ。
しかも彼、つまり江戸中の誰もが美少年と認める沖田総悟その人と同じ制服を着ている。あー私死んだ、瞬間的にそう思った。



「え、え」
「だから、二人でさァ」
「あ、…はい、二名様ですね」


いやもしかしたら同じ真撰組ってだけで別々に来たのではないか、なんて私の淡いにも程がある小さな期待は彼が二人だと断定した事によっていとも簡単に打ち砕かれた。まあ、私服の女の子じゃなくて同じ職場の女の子だから幾分か救われた気がしなくはないけれど、でも。

内に秘めていたとはいえ案外本気で想っていたからか、一瞬気が遠くなってしまった。
ただ私はここの店員、お客様である彼らをよそに放心している暇なんてない。

結果私は仕方なく溜め息を噛み殺して、こちらへどうぞと言って沖田さん達に付いてくるように促して席へと案内する為歩き始める。すると後ろから、私の背中を追う二名分の足音と共に女の子の予想以上に澄んだ声が聞こえてきた。



「沖田さん、いま市内見廻り中の筈なんですけど」
「人間たまには息抜きも必要だろィ」
「いや沖田さん毎日が息抜きみたいなもんじゃないですか」
「因みに花果の奢りですぜ」


相変わらずのイケメンボイスに刃向かうような口調で答える同僚さんは花果、という名前らしい。外見からして二十前後といったところか。今年で二十三になる私より年下は確実だろう。

二人の仲が良いんだか悪いんだか分からない会話をガラスが突き刺さるような気分で背中で受け止めるのも束の間、店の突き当たりの席に付いて足を止める。手持ち無沙汰な先輩店員達が沖田さんと花果さん(ちゃん)とを見て、悲鳴に近い声を上げているのが視界の端に映った。



「こちらにどうぞ」
「お、奥の席か、丁度いいねィ。おい花果お前そっち側な」
「は、何でですかっていうか私奢りとか聞いてませんけど」
「お前は土方が来ないか見張れよ」
「おい話聞けよ童顔ドS」


なにやら会話と言うよりは喧嘩に近い言い合いをし出した二人。名前呼びは痛いけど、この雰囲気だと恋人同士はないかもしれない。

そんな希望の光を頭の隅で繋ぐのは良いけれど、この状況が打破される訳ではない。つまるところ、私はただ棒立ちでテーブルの脇に立っている状態。うん、非常にまずい。



「口答えすると繋ぎやすぜ?」
「こんの鬼上司絶えろ」
「はいチョーカーロード確定ー」
「あー部下辞めたい今すぐ辞めたい」
「あ、あの、」


もう自主的に止まってくれなそうなので、緊張で飛び出しそうな胸をお盆で押さえ付けて声を出力した。
きっと私は凄く申し訳なさそうな顔をしていたのだろう、彼女さん、否、同僚さん(と信じたい)がハッとした顔をしてすみませんと謝罪を口にされた。なんだか益々申し訳ない。


「お話遮ってしまって申し訳ありません。ご注文がお決まりになりましたらお声掛け下さいませ」
「いえ!こちらこそごめ」
「抹茶クリーム餡蜜と三色団子2つずつ…あとはわらび餅、それに抹茶お願いしやす」


あ、コイツには受け皿に水で良いんで。

そんな有り得ないセリフを付け足すように口にした想い人に、思わずびっくりと目を丸めてしまった。だってこんな顔をして、こんな発言をするなんて。

さっき同僚さんにドSなんて言われていたのはあながち間違いではなかったのかと息を吐く。けれど私はMなのだろうか、何故か彼がドSなのだと分かっても、寧ろその方が良いなんて考えてしまった。なんて、そんな事より注文を繰り返さなきゃ。


「あ、はい。抹茶クリーム餡蜜、三色団子が二皿、わらび餅、抹茶でよろしいでしょうか?」
「あァあと水もよろしく」

「あ、水はいいです、それと持ち合わせが少ないので全て一つずつでお願いします。…まじ沖田ふざけんな何なの人をなんだと思ってるの、ばらそうかな沖田SのクセにM字ハゲだってばらそうか、っいたたた!」


いきなり口の悪くなった同僚さんの小さな後頭部を沖田さんが身を乗り出してグリグリと攻撃を繰り出している所為で、女の子の悲痛な叫びが店内に広がる。

もしかしてまた私の事無視!?
遠くから先輩達の野次馬根性丸出しの視線を感じながら、彼にとって私は完全にアウトオブ眼中なんだと思い知る。

小指程も目に入れてもらってないのが空気から、そして彼の攻撃を受ける同僚さんへ向けた視線と私への視線の違いからひしひしと伝わってくる。まあそりゃ、私はただのよく行く甘味処の店員だから仕方無いとは思うけれど。



「大体何で私が奢るんですか!」
「昨日の朝飯ん時に約束しただろィ」
「え?うそだうそだ」
「花果が俺がヅラだとか法螺吹こうとしやがった事を忘れたとは言わせねェ」
「あ!…うう、失言だった」


ああ、ケラケラ笑う沖田さんも素敵。素敵というか凄く可愛い。
危うく見惚れてしまいそうになるのを何とか我慢して、結局ご注文はどう致しましょうかと声を掛ける。焦る同僚さんに彼は一段と黒い笑みで二皿ずつで、と意気揚々と口にしてきた。

何で私はこんなに彼の事を想っているのに、彼は私の事を見てもくれないで、反抗期みたいに唇を尖らせる同僚さんの方ばかりを気にかけているんだろう。
それは想いを伝えてないからよ、なんて馬鹿みたいな心の声が私の心臓の中で小さく響き渡ったけれど、無視してかしこまりましたと小さなお辞儀をした。

告白なんてそんなの、出来る筈ない。
でも、でも嫌でも耳に入ってくる沖田さんと同僚さんの会話、何だか痴話喧嘩中のカップルみたいな会話に、私の臓器という臓器は何度も粟立ってしまうのだ。



「沖田さんよく食べますね」
「屯所の朝メシは不味いからねィ」
「うっわ嫌みー。沖田さんてほんと土方レベルですよね」
「は?どこがだよ」
「あ、今、答えによっては斬る、とか考えてるでしょ故に教えませーん」
「花果チョーカーロード確定ー」
「いや沖田さんを土方と並べる私が馬鹿でした!ごめんなさい!」


いいなあ、仲良しだ。
他のテーブルの注文を取りながら、ぼんやりと考える。

先輩方はもう沖田君も隅に置けないのね残念、なんて笑って話していたけれど、生憎私の感情は諦めを許してくれなかった。まだ頭の隅で考えているのだ。もしかしたら沖田さんが、私に振り向いてくれるのではないかと。

やってみなきゃ分からない。
確かに彼にとっての彼女は同僚で私はモブかもしれないけれど、でもモブがヒロインに昇格するケースだって無いわけじゃない。

というよりはまず、想いを伝えなければ何も始まらないんじゃないか。宝くじを買わなきゃ絶対当たらないのと同じで、やってみなきゃ確率は0%のままじゃないか。


自分でも私自身に何か変なスイッチが入ったのを感じた。

でも感じたからと言って、それを止められる訳ではない。そしてその気持ちは、たとえ一時間弱の時がじわじわ流れようと変わったりはしなかった。そう、ついに来た会計の時も例外なく。



「沖田さァアン!お金が!」
「んだよ足りねーのかィ?」
「足りないって最初言いましたよね!」
「足りない分は肉体で返してきゃいいだろィ」
「嫌です!絶対に!」


レジカウンターを挟んで、なんなら今からお金取りに行ってきますからと口調を荒げる同僚さんをぼうっと眺める。

お会計二千八百四十円です。
そう口にした時の彼女の表情と言ったら、沖田さんが散々からかうのも分かるようなものだった。なるほど納得、って感じ。まあそこで競っても仕方無いんだけれど。

沖田さんも流石に折れたようで、後で返せという条件で足りない分のお会計を済ませる為にお財布を取り出した。


「これで足りやすよね」


千円札を一枚出して、私に手渡してくる。大きく頷きながらお札を受け取った瞬間、私の頭の中でけたたましいと思うくらいの大音量で警鐘が鳴った。
今、今しかない。そんな意味合いの籠もったサイレンに脳みそが焼かれそうだ。

そんな焼け付くような衝動と先程からの妙なテンションのせいで、魔が差したのだと思う。


「あ、あの…!」


気付けば私はレシートとお釣りを差し出す為に伸ばした腕が震えるのを視界の隅に捉えつつも、言葉を発してしまっていた。もう後戻りは出来なくなったなあ、とどこか他人事のように機能しない頭でぼんやり考える。


「ん、どうかしやした?」
「あの、私…っ、私、あの」
「は?」
「私、あなたが好きなんです!」


言った、言っちゃった。

驚いたのか目を丸くして固まる沖田さんの手に無理矢理お釣りとレシートを押し付けて、自由になった手のひらで顔を覆う。恥ずかしい、恥ずかしい、けど。

何故か私の体内では、妙に開放的な達成感と、それから隣に立つ同僚さんの小さな「うわあ」が血液と共に駆け巡っていた。何て言えばいいんだか分からないけど、これでもしクビになってもいいや。火照る私はそう考えた。




7:甘味と世紀末と私



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主人公より主人公らしいけど主人公変わる訳ではありません
(20120813)