あーねみィ。仕事なんて出来たモンじゃねーなこりゃ。

生欠伸を噛み殺しながらのたのた廊下を歩く。
低血圧なのに真選組では朝稽古だ食事当番だ何だのと毎朝早くに起こされる。主に土方コノヤローに。まあ、生憎俺は土方如きの怒鳴り声で素直に起床出来るようなお利口さんな造りじゃなく、今日も堂々と寝坊した訳だが。

それにしても土方はムカつく。
ほんと土方さんの顔面だけ爆発して火サスの焼死体みてーになっちまえばいいんでさァ。
そんな物騒な事を考える間にも、この屯所との付き合いも長いからなのか足は勝手に目的地である食堂へと向かっていた。


男所帯の飯は不味い。まずメニューが嫌になるくれえに肉肉しい上、肉野菜炒め(肉八割)やら肉じゃが(じゃが要素がほぼ無い)やら専ら簡単に作れるモンだ。なのな味は決して旨いとは言えねーんだから参ったもんでさァ。

けどまあ朝食抜きで見回りでサボれる時まで腹に何も入れないっつーのもキツい訳で、毎日仕方無く八割の確率で水の量を間違えて炊いた米を食うのだ。全くこっちの身にもなってもらいてぇ。


が、今日は何か違うらしい。

食堂の入り口付近。今までこの男臭え真選組では感じられた事のなかった、きちんとした朝食の匂いってヤツがぷんぷん漂ってやがった。
匂いだけで今日の飯は旨いと分かるんだから大したモンだと思う。

誰か料理上手の新人でも入ったのかと頭の中で朧気な新人リストを広げつつ、何時もとは違う足取りで食堂の中へと足を踏み入れた。すぐさま先に食堂に来ていたらしくまだ朝稽古時の袴の儘の隊士や食事当番のヤツらに、お早うございますと律儀に挨拶される。

それらを適当に流しながら、そいつ等の持つ盆の上にまるで雛人形のように整然と乗っている彩りの良い朝食をちらちら視界に入れてゆく。こりゃスゲェ奴もいたもんだ。顔を拝んでやらねぇとな。

心待ち明るい表情をしているように見える隊士達の後ろに並んだ。通常ならどっか適当に間を割って入ってやるところだが、今日はこの飯を作った中心人物を知りたいが為にきちんと並んでやろうって魂胆な訳だ。
俺も結構いい奴だと思う。ま、自分で言うことじゃないですけどねィ。



「げ、沖田さん」
「あァ?…って花果かィ」


不意に自分の名前を呼ばれその音源へと顔を向ければ、何故か未だ俺を拒み続けるバカ女の姿。つーか、げって何だよ。

そんな不満は花果が大して飾り気の無いエプロンを着けてやがった事で掻き消えていった。如何にも料理し終えたような、達成感の固まりみてえな顔をして佇む彼女の手からは、ポトリポトリ、規則的に水滴が垂れて床に小さな水溜まりを形成している。

早く手え拭けばいいのにと思うと同時に、ああコイツぜってータオル類常備して無ぇなと確信を抱く自分がいた。俺はこの短期間でどんだけ花果を知った気になってんですかねィ。

大して知ってはいないだろうとも、まあまあ知ってんじゃねーかとも思う。曖昧だ。別に知りたい訳じゃねーことは確かだけどな。



「そういやアンタは朝稽古の代わりに朝食作りだったんだっけな」
「そうですけど何か?」
「今日からかィ?」
「今日からですよ」
「ふーん」



この驚異的なビフォーアフターはコイツの成せる技って事か。
声にも顔にも出さずに感心してやる。そう言やあ前、料理は得意だみてえな事を自慢気に言ってた気がすらァ。

再び顔を上げてどうやら誉め言葉が欲しいらしい、期待顔の花果を見たら、何故か自然と言葉が喉元からせり上がってきた。



「変わりやしたねィ」
「でしょう?私は基本が出来て」
「不味そうな飯でさァ」
「は?今なんて?」
「豚の飯級に不味そうって言いやした」



どうやら俺の口は他人を誉める事は出来ねえみてーだ。
大分前から何となく認識していた事を改めて実感させられた。何も土方コノヤローに対してだけではない、誰に対しても誉めるという行為が出来ない造りになっている、らしい。可笑しな話でさァ。

そう不思議に思う反面、みるみる内に顔を歪めていく様を眺めるのにどうしようも無え優越感を覚えてもいた。つまり俺は根っからのSって事だな。

ただ目の前の女は一言の罵声ぐらいじゃへこたれる訳もないヤツだ。その精神は勿論今日も健在で、不貞腐れたように頬を膨らませ俺を睨むニートの姿が目の前にはあった。ゾクゾク、何かが背中を駆け抜ける。
こうでなきゃ面白くねえ、潰し甲斐の無いヤツなんざ無価値だろィ。



「沖田さんこそ、今日も寝坊ですか?」
「お前ちったァマシなモン作りなせェ」

「すいませんねー豚の餌で。………なにこの童顔分かってたけどムカつくどうしよう。じゃあ食うなって話だよああマジで皆にバラそうかな沖田ヅラだってバラそうかな」

「全部丸聞こえでさァこのクソアマ」


そして俺はヅラじゃねェ。

多少イラッと来てそう付け足す。花果は読心術でも使ったのかと目を丸くしていて正直呆れやした。

何度言っても心の声を出しちまう馬鹿は、胸中の思いが漏れて慌てたのかいきなり態度がおたおたした挙動不審なモンに豹変した。ほんと馬鹿だろ。

つーかどんな法螺吹く気だったんだこの女。ヅラとか、どうしたらそんな考えが出てくるのかと逆に興味深いとさえ思った。面白え。馬鹿でムカつくが、花果はやっぱ何処か面白え。



「ななな、何も言ってますん」
「どっちだよ」
「……」
「安心しなせえ、見回りン時にヅラ発言の責任は取ってもらいまさァ」
「えっもしや、からだで?」
「お前の体に何の価値があるんですかィ」


ぐっ、と詰まったような顔をした花果にニヤリと傍目から見れば確実にムカつくだろう笑みを見舞ってやる。

お前が色気が無いのが悪い。
そんな気持ちを込めていると、諦めたみてえにデカい溜め息を吐いてから俺の盆にドンと今日の朝食をのせてきた。炊きたてらしき白米の煙が顎に当たる。

花果は俺と土方には食べてもらいたくないとか何とかぶつくさ呟きながらも茶碗を左、汁物を右へとちゃきちゃき移動させた。俺と土方コノヤローを並べるんじゃねェ、と口に出せばすみません今度からカバと並べますねと来たもんだ。

初日のあのビビった表情は何だったんだろうな。ああ幻か。
ああ言えばこう言う、生意気で抵抗の上手いコイツは俺が絶対に服従させてやりまさァ。

花果が年上だという事は頭の片隅に飛んでいっていた。まあここは真選組、別に年功序列の組織でもねーし気にする事は無いと思いやすが。



「ほらはやく席付いたらどうです?」
「んだ今日はヤケに生意気だな」
「まあ、慣れましたからね」


沖田さんのエス攻撃には。
花果はそう続けたと思ったら、その延長線上にある行為かのように俺の背中を柔らかく押した。早く自分の側から去れと、そういう意味かコイツァ。改めて女の図太さ、いや強かさみてぇなモンを思い知る。


「今のところは許してやらァ、でも見回りで覚えてやがれ」


決して格好が決まるモンではない捨てゼリフを吐きながら花果に背を向ける。
いつもの席に座ると、もうその隣には待ち構えたような土方がいて思わずバズーカを取り出すかと思った。何だ気持ち悪ぃ。そして胸くそ悪ぃ。



「隣とか止めて下せぇ気持ち悪い」
「お前が隣に来たんだろうが」
「ここは俺の特等席なんでさァ死ね土方」
「朝稽古もサボるヤツに従うつもりはねぇ死ね沖田」
「大体なんですかィその犬飯は。今日は折角旨そうだってのにまじ死ね土方」


露骨に嫌な顔を露わにするが、このニコチンマヨラー野郎慣れてやがる。額に青筋を浮かべながらも俺をいなするような態度に内蔵が煮え立った。

が、だからと言ってこのまま立ち去るのも気に食わねえ。
仕方無く腰を落としていい具合に焦げた鮭の切り身と向き合った。隣からこの世で一番嫌いな人間の視線を感じる。ウザい。おっとまた懐に手が伸びてしまいそうになっちまう。バズーカは流石に今はお預けしてらやねえと。



「おい総悟ちゃんと言えよ」
「は?」
「いただきますはしやがれ」
「……死ね土方いただきやす」


たっぷりの間を使ってからそう言った俺の横で、今日の飯は何時もよりうめぇなと独り言のように土方が呟いた。お、ほんとに旨ぇ。



6.鮭の切り身



沖田視点って難しいね
(20120403)