「お、おはようございます」
「おはよーごぜーやす」
「お…沖田さんお早いですね」
「沖田さんじゃなくてご主人様で」
「沖田さん大丈夫ですか?」
「いい度胸じゃありやせんか」
「す、すみません無理です」
「……それより花果、」
「はい?」

「何ですかィその格好は」


なにか奇妙なものを見るような目つきで私を一瞥した沖田さんに思わず中腹部辺りから、へ?という声が上がっていた。

つられて自分でも自身の服装を確認する。昨日沖田さんと衝撃の出会いを果たした時と完璧に同じ服装、つまり制服姿だ。
勿論私は偉い地位にいる訳ではないので、沖田さんや土方さんのようなスカーフは付いていない為華やかさには欠けるけれど。



「私、何かおかしいですか?」
「胸が目に付きまさァ」
「な゙っ!?」
「まァ目立つ程はねェが」
「ぬなっ?」


反射的に胸元辺りを腕でガードする。

こんの王子め…。
私の胸のサイズを愚弄してやがるのか。これは新手のセクハラか、セクハラと取っていいのか取ってやるからな。

ぐつぐつと内臓が煮え返るような感覚を体内で覚えつつ、でもそれを一番隊勤務初日に晒すのもどうかなあなんて一ミリの正常な思考も働く。


ああこれだからイケメンって困る。
こんなにズケズケ言っても、どうせ外出したらキャーキャー黄色い声に囲まれるんだコイツ等は。
それで内心鼻の下伸ばして良いようにやるんだからもう感服だ。世の女性は気をつけて欲しい。こんな男が江戸には蔓延っているのだ。


「何ぼーっとしてんですかィ」
「へ?…あ、マイワールドにダイブしてまふげらぁっ!?」


多分22年間生きてきて、今出した声が一番奇怪なモノだったと思う。
でもそんな女子にあるまじき声を出しちゃっても仕方ないよなね。

だって突然サラサラヘアのおめめくりくり野郎が、私にラリアット紛いの攻撃を仕掛けてきたのだから。そりゃ驚いて変な声くらい出るわ。正直内臓出したろかって思ったもん。

でも私に変な声を出させた張本人である沖田さんは「すいやせん手が滑っちまった」とか理由にならない理由をのうのうとした態度で述べていた。

ムカつく…けどそれを声に出したら何を言われるか分かったモンじゃないから出来ない。ああ本当に私って可哀想。

庶務的な仕事を行う為に与えられた、沖田さんの隣にある私の席に向かいながら人知れず溜め息を吐いた。因みに席やら隊舎やらは昨日土方さんに教えてもらった。



「何落ち込んでやがんでィ」
「一番隊初勤務ですよ私、こんな扱い酷くないですかまるでレベル1の弓使いが滅茶苦茶強い二刀流にパーティーにならないかって誘われて浮かれてたら実は囮ようい」
「長ェ」


言葉は残り僅かだったのに、待つことが大嫌いなドエス隊長さんの鶴の一声が降ってきたので口を噤む。

長台詞くらい気持ちよく決めさせて欲しい。今度沖田さんがだらだら喋ってたら絶対私が遮ってやるこんちくしょう。


「で、今日は何をするんですか?」
「取り敢えず花果は午前中はここで溜まりに溜まった書類整理、午後は俺と見回りでさァ」



何の気なしに口にした沖田さんとは裏腹に、私はよりによって沖田さんと巡察ですかという文句を何とか飲み込んで、代わりに了解しましたーと間延びした声を出した。

自分で言うのは何か違う気がするけど、その了解しましたにはかなり沢山の意味を含んでいた。…にも関わらず流石は沖田さんと言ったところか。

私の言葉の中に隠された諸々の思いなど知ったこっちゃないよベロベロバー、とでも言うような飄々とした態度でスルーされてしまう。

それが悔しくて悔しくて、正直奥歯ガタガタ言わしたろか!と効きもしない啖呵を切ろうと思ったくらいである。

でも土方さんならまだしも、沖田さんは首輪を常備している大魔神なのでやっぱり口に出すには至らなかった。ああ嫌だなあ自分、どうしてこんなに小心者なんだろう。


隣の上司に気づかれぬように小さく息を吐いてから、早速私のデスクに山積みになっている書類へ手を伸ばす。
たぶんこれはサボリ魔であるという沖田さんの所業なのだろうけれど、残念すぎる事に彼自身はそんな野暮ったい事出来るかとやる気は0な訳で。

だから私は一番隊になったんだろうな、なんて考えていると横から槍のような視線が飛んで来ていることに気付いた。
そのゼロコンマ7秒後、目が合う。



「な…なんですか?」
「制服を変えなせェ」
「そんな私セクシィで」
「どこ見たら言えんだンな事」
「…近藤局長さんに要相談ですね」
「あ!近藤さんと言やァ」
「え?」
「歓迎会やるって言ってやしたぜ」


アンタの歓迎会。
沖田さんの涎が出そうなくらいに形と血色が良い口唇が吐き出した言葉に、不覚にも舞い上がってしまう私。


いやはや、近藤て素敵な人だ。
土方さんや沖田さんみたいな人間失格人間を手名付けているだけある。

緩みそうになる頬を手で押さえていると、沖田さんに手を動かせメスブタ的な事を言われたけれど、今の私の寛大な心でスルーしてやった。
だって私の胸中は今、近藤さんへの思いで許容量をオーバーしているのだから。

無論ヒト科というよりゴリラ・ゴリラに近い(失礼)近藤さんに恋心なんて甘酸っぱいグミみたいな物は生まれそうにもないけど、感謝みたいな…得も言われぬ感情が腹の底から湧き上がってくるのだ。

何もそれは歓迎会についての事だけでない。
一番隊は切り込み部隊。
初め所属部隊を告げられた時は、よりによってそんな隊に入れるなんて彼は私を厄介払いしたいのだとしか思えなかった。

けれどその後知った。
新選組には危険は付き物、危ない現場に総動員でかかるなんて事もザラにある。そんな時に新選組内でも一番の天才剣士と謳われる沖田さんの側にいれば、必ず護ってもらえるだろう。
だから私は敢えて一番隊で預かられるのだ、と。

近藤さんは優しい人だ。
あのクソ親父とは違って温もりを与えてくれる人だ。

少しだけ、ほんの少しだけ新選組に入って良かったなんて思えた。
まあどんな美談を添えても、近藤さんがゴリラみたいなのには変わりないけれど(失礼)。



「オイ花果、」
「何ですか沖田さん」
「アンタ料理は得意ですかィ?」


沖田さんの言うとおり、黙々と手を動かしてかったるい書類の処理をしていると、いきなりそんな質問が飛んできた。
声単体で受け取った所為か、土方レベルのイケボに一瞬心臓がずくりと疼いたのは秘密にしようと思う。


私が料理が得意か?
愚問だ。伊達に料理教室の講師をやれって言われた訳じゃないんだなコレが。趣味はネトゲと動画サイト巡回と料理だ悪いかコラ。

はやる気持ちを抑え、如何にも出来たキャリアウーマン風に流し目をして「ええまあ、」と答えてみる。

いち、に、さん。

何秒経っても反応が無いので噛み付くような表情でバッと沖田さんへと顔を向けたら、ピロリーン。

可愛い音と共に、私の視界には携帯を構えた沖田さんが入ってきた。おいちょっと待て。



「ちょ、何撮ってんですか!」
「あーあ、こりゃ女子にあるまじき顔でさァ」
「じゃあ待ち受けにして下さい」
「嫌でさァ。大量にコピーして鼻の穴と瞳に画鋲ぶっさして江戸中の電信柱に貼ってお」
「長いです」


沖田さんの長台詞を、お返しと言わんばかりにバサッと切り捨ててやった。

お母さん、花果は嫌な上司に復讐出来ました。一泡吹かせてやりま……せんでした。

なぜかって?
だって横から物凄い殺気を感じるんだもの。この私ですら震え上がらせるような凄まじいヤツ。

あららこりゃもう「冗談だよベイビー」とか言いながら髪を靡かせる某お金持ちの坊ちゃんみたいに誤魔化せないな。やっちった。

取り敢えず殺気だけで息絶えるのはご免なので、ぎこちない仕草で沖田さんの目を捉える…じゃなくて、捉えさせて頂く。当然のように刺さる視線が痛いです。



「上司の言葉を遮るたァ、いい度胸ですねィ」
「ごご、ごめっすみません」
「え?調教して下さい?」
「違いますだから首輪しまって下さいお願いします」

「お願いします、何ですかィ?」
「ご主人様とか死んでも言わな…言いませんからね」


言いなりになってたまるか。
その思いに突き動かされて、精一杯の反抗を試みる。


すると意外な事に、沖田さんは私の首に強制的に付けようとしていた首輪をすっと懐に仕舞い、一秒前とは別人のように端正な笑みを繰り出した。
ただ私のビジョンは汚れきっているようで、その笑顔すら黒い靄がかかって見えてしまう。

もう沖田さんの懐が怖い。ヤダあそこから首輪が出てくるんだ。



「まあ今日は許してやりやすぜ」
「今日だけとと言わずに永遠に」
「ムリ」
「即答ですか」
「ハッ、言ったろィ?アンタは絶対に俺が落としてやりまさァ」



18とは思えぬ微笑を携え堂々の落とす宣言をしてきた沖田さん。

ただ彼の落とすは多分マゾヒストにしてやるぞ的な意味であるし、目の前の書類は幾らやっても終わりが見えないしで、私はそのセリフにときめきを覚えはしなかった。
いや、ときめいちゃったら終わりだけどさ。



∴いつまでもつやら



(20120212)