私の目に映るのは、紛う事なき美形の男性。 少し、いやかなり瞳孔が開いている気がしなくもないけれどイケメンには違いない。 私の望んだような茶髪メガネではなくても、長身で黒髪で切れ長の瞳で…どこからどうみても女性受けの良さそうな風貌のお兄さん(推定24)が、今近藤さんの攻撃を必死に避けようと奮闘していた。うわ、神様ありがとう。 そして三分後、近藤さんが間抜けとしか言いようがない声を上げると共に、室内は静寂に包まれていき私はそっと室内に足を踏み入れた。 端の方で「お妙さあん…」とか鳥肌が立ちそうな譫言を呟きながら倒れている近藤さんは無視する事にする。南無。 おずおずと部屋の内部に進んでいくと、イケメンさんから私に投げ掛けられた揺らぎそうにない強い視線を感じて頬が火照る。 私がイケメン耐性ないのを知っての仕打ちか。 そう思ったのも束の間、部屋に「チッ」と何とも鋭い音声が響いた。 …舌打ち、だよねどう考えても。 音源であるイケメンさんの方へと首を九十度捻ると、あらあらまあまあ。何故か物凄い嫌そうな顔をされている。イケメンが台無しだ。 「あの…、」 「あ?ンだよ早く座れや」 「へ、っは、はい」 「しっかり喋れや」 ひ、何この人凄い怖いんだけど。 瞳孔常に全開ってどういう仕組みなの。品種改良の失敗とか言われても困るんだけど、笑っていいのかな。 というか何で私睨まれてるんだろう。粗相も何もしてないこんな純真無垢な女の子、どうして睨み付けるのか皆目見当が付かないよ私。 「おい全部声に出てんぞ」 「え?」 「ほんっと可愛くねェ女だな」 「え?確かに私純情ですけど」 「自分で言う奴が純粋な訳あるか」 仰るとおり、じゃなくて。 外見と実際の私への態度の余りのギャップに暫し放心した状態で彼の顔を穴が開くくらいに見詰めていた。 この際心の声がだだ漏れだったとか、彼の前髪が一ミリの狂いもなくVを形成していた事はどうでもいい。 取り敢えずがっかりというか何と言うか…、上手く言い表せないけれど落胆している。ああ今すぐ目の前のこの人が茶髪メガネの優男に変身すればいいのに。やっぱり神様って残酷ね。 「おい、お前名前は?」 「人に名乗る時は自分からが礼儀じゃないんですか?」 「部下になる奴が文句言うな」 「なっ…、…一ノ宮花果です」 歯軋りをしつつ渋々名乗ると、瞳孔男に何とも馬鹿にしたように鼻で笑われた。 どうしよう、すごいムカつくどうしよう。タバコの所為で肺ガンになればいいのに。 我ながら酷い事を考えるものだと半ば感心しつつ、早くそちらもお名前をどうぞというオーラを全面に押し出してみる。 彼は何やら気持ちの悪い形(それがマヨネーズの容器のを象っている気付くのに五秒は掛かった)のライターを取り出し、何時の間にか吸い殻と化していた煙草の代わりにもう一本別のそれを取り出して火を付けた。 シュボッ、という景気のいい音を出した割に灯ったのは存外小さな炎で、何とも滑稽なその様に笑いをかみ殺すのに一苦労だったのは秘密にしようと思う。 それより彼が余裕綽々で煙草を吸っている事が問題だ。名乗る気が無いのだろうか。礼儀知らずとはこの人の為の言葉なんだな。 「…土方十四郎、真選組副局長だ」 「あなたが副局長…ですか」 「んだその不満気な顔は」 「失望八割落胆二割の表情です」 「生意気なクソアマだな。因みに俺ァ礼儀知らずではねーぞ」 げ、聞こえてたんですか? びっくりして掠れ気味の声でそう聞くと、土方…さんはまたもや馬鹿にしたような鼻につく笑いを零した。 しかもそれだけじゃ飽きたらず「お前多分、心の中で考えてる事全部声に出てるぞ」なんて言ってくる。 出会って数分で私の何が分かるんだって話。大きなお世話だ全く。 胸中だけの筈の呟きは、何故かV字前髪副局長に聞こえてしまったらしく学習能力の無さを見下げられ笑われた。今の今での出来事だから、ムカつくのに言い返せないのが悔しいところだ。 「何でそんな冷たいんですか?」 「冷てェか?」 「自覚無しですか」 「まァニートやってた小娘がいけしゃあしゃあと真選組にコネ入隊ってのは腹立たしいけどな」 まるで今すぐここから立ち去れとでも言いたげな口振りに、体の奥底からこぽりと怒りが湧き上がってくるのを確かに感じた。 それでも反論できないのは、土方さんの言った事があながち間違いではないからだろう。 私だって好きで入った訳じゃないと、言いたいのにちょっと崩壊しそうな涙腺を抑えるだけで精一杯だからか声が上手く出せない。切ないなあ。 「金持ちの家のぐうたら娘、役に立つわきゃねーのにって話だ」 「…役立たずかまだ分かりません」 「いや、お前みてェのは大体相場が決まってやがんだ」 自分勝手に出来ねーとなると泣き喚いて辞めてく、ってな。 ぐさりと剣で心臓を刺されるような、精神的な愚鈍な痛みが脳をピリピリと音を立てて伝わってゆく。 初対面でこんなズタボロに貶してくる目の前の副局長にも、その言葉を黙って浴びる事しか出来ない自分にも腹が立っていた。 何も言い返せない私に気をよくしたらしい土方さんは、もっと私を追い詰めようとまた口を開く。大方私を辞職させる気だろう。 「お前みてーなのは、大人しくバイトでもして社会の辛さを学んでから出直してこい」 「……私、決めました」 「あ?辞めんのか?」 「いいえ、絶対辞めてなんかやりませんから!」 出来うる限りの大声を響かせた。 この人の思惑に嵌るもんか、辞めてコイツを喜ばせるもんか。 多分私の脳の六割でそんな思いが渦巻いていたのだろう。辞めない宣言は、驚く程すっきりと腹の底から出てきたのだ。 ああ、私自身でも自分の次の行動が読めないなんて。変なつくりなんだな、人間は。 眉間のシワを深くした土方さんに内心のぐらぐらはおくびにも出さないようにして、もう一度辞めないと繰り返した。 「頑固だな、辞めりゃいいモンを」 「私土方さんの思い通りになるのがどうしても嫌なので」 「ホォ、言うじゃねーか」 「土方さんも私に説明をどうぞ?」 真選組の仕組みも何も分からない若輩者なので。 高見から物を言ってみた。 もっと嫌われる事も覚悟で口を開いたのに、何故か土方さんはニヒルな笑みを浮かべただけだった。その笑みに一瞬見惚れてしまっ事は嘘だと思いたい。 うん、勘違いに決まってる。 イケメンが笑っただけであって私が動じる事はないじゃないか。 取り敢えず同様を悟られまいと再度説明を促すと、土方さんは面倒臭そうに顔を歪めてから言葉を紡ぎ始めた。 「お前は一番隊に所属する」 「一番隊…?」 「部屋も一応与えられる、あとで他の奴に案内してもらえ」 「はあ…」 「出勤は毎朝8時、以上だ」 「ちょ…それだけですか?」 説明が軽すぎやしないかコレは。 というかこの人ちゃんと説明する気ないだろ。こんな人が副局長とか真選組って大変だな。 そう思いながら土方さんを見つめていたら、彼のこめかみあたりにうっすら青い筋が浮いてきているのが視界に入った。 こういう怒りを見るのは昨日ぶりだ。言うまでもないけれど、父がキレたのはまだ記憶に新しい訳で。 すぐに昨日の惨事がフラッシュバックして、自然と震える私の背中。 どうやらさっきの心の声も外に漏れてしまっていたみたい。私って馬鹿だ。 「悪いこたァ言わねー、出てけ」 「無理です。父に破門される」 「お前はここじゃやってけねェ」 「何でですか?人一倍正直なだけです土方さんと違って」 「正直じゃなくて毒舌だろお前は」 表情とは裏腹に、教え諭すような土方さんの口調に親への反感に似た苛立ちと、ほんの少し違和感を覚えた。 ただ、無論の事苛立ちが先行した私は、そんな事はないと食ってかかる。 ここで食い下がったら私は負けてしまう。 勝ち負けなんて無いと心中では分かってはいるものの、性格上折れ曲がる事がとても嫌でつい意地を張る。 そんな私の性格を見抜いてかどうかは分からないけれど、土方さんは一度大きく溜め息を吐いてから私に改めて向き直った。 そういう大人の態度をとられるとたじろいでしまう私は、きっとかなりお子ちゃまなんだろう。 「いいか、お前みたいな世間知らずの小娘が、真選組みてーな危険な職で音を上げずにやっていける訳がねーんだよ」 「やってみなきゃ分かりません」 「ノートパソコン持ち込んでる奴が説得力ねェな」 ぎくりと肩を揺らした私の足元にあるボストンバックを、気怠げな雰囲気で手に持つ煙草で指し示す土方さん。 中には確かに、屯所内の部屋に持ち込まんとしている真っ赤なノートパソコンが入っている。 顔が赤くなっていくのがはっきり分かった。なんでこんな悔しいの。 「図星だろ?」 「……」 「ンな奴に公務は務まんねェ」 「でもっ、」 「箱入り娘がいきがんな」 ぶち。自分の中で何か大切な血管が切れたような気がした。 舐められてる。私はこんなにも高をくくられている。ニートだった金持ちの一人娘。それだけでこんなに蔑まれて、たまるもんか。 体というのは正直なモノで、そう思った時にはもう私の足は動いていた。 ガシャ、と機械類が壊れる鈍い音が室内に響く。というか、私が響かせた。 「お前…っ、」 「これで満足ですか?」 目を丸くする土方さんに、キッと向き合えば彼はただ吸いかけの煙草を灰皿に落としただけだった。 それはそうだろう。 私はボストンバックの上からパソコンを踏みつけるという、女子にあるまじき行動を取ったのだから。 でもいいんだ。 ここまで散々バカにされて、引き下がれる訳がないんだから。 勝ち誇ったような笑みを、何時の間にか呆れ顔になっていた土方さんへと手向けた私の後方で、やっと目を覚ましたらしい近藤さんがのそりと起き上がる気配を感じた。 ∴苛立ちに襲われた (20120124) |