私の職業は自宅警備員である。
ニート、世間的にそう言われている身だ。


でも自宅警備員で何が悪いって言うんだろう。
幸い古い家柄の子である為一生親の脛をかじって生きていける境遇にあるし、なんせ私がこんな自堕落な生活を送っているのだって、元を辿ればどの会社も私を雇ってくれなかったのが悪い訳だし。


大体仕方ないじゃない?
私一人娘だもの。


そんな風に生きてきて早22年、遂に私は父親から叱咤を受ける事となった。

父は私がニートに成り立ての頃は、お前はいい子なんだからもっと真面目に就活すれば直ぐに就職できるさ、なんて楽観論を口にしてくれていた。
けれど、さすがに一年近く部屋に籠もりっぱなしの私に痺れを切らしたらしい。


昨日、何時ものように自室でネトゲに精を出していた私の体を突然父が背負い上げ、『文武両道』なんて廃れた文句を掲げた道場に連れて行かれた。
私としては父に無理矢理どこかに連行されたのも、剣道なんて古臭い習い事をする場所に足を踏み入れたのも初めての経験だった。おったまげた。


「お前は仕事をしろ」


父は癖である眉間の皺を中指で押すという仕草をしつつ、何時になく厳しい口調で私に一枚の紙をピラッと渡してきた。

『お父さん限定!男の料理教室』プリント上部には太字のブロック体でそうでかでかと書いてあり、ああ私にこれの講師をやれと言うんだなと直ぐに理解した。


父は私に趣味もなくそれとなしに料理を習いたいと考えるお父さん…というか多分ほぼおじさんだろうけど、まあそう言った類の男性に料理を教えろと言うんだろう。分かってる分かってる。

ただそれと同時に仕事なんてかったるいもの、しかも自分より年上のおじさんばかり集めるような料理教室の講師なんて御免だという思いがせり上がってきた私は、強気で父に反抗した。


でも、それが間違いだったんだ。
私の反論を受けた父のこめかみに、普段余程でない限りお目見えする事のない青筋がピキピキと浮かび上がってきたのだから。

やばい、キレた。こりゃ大変。

我が身の危惧をした時にはもう父は活火山のように怒りを露わにしていて、案の定私は鼓膜が破れんばかりの怒号を浴びる羽目となってしまった。
そして最悪なことに父はそれだけでは飽き足らなかったらしく、私をキッと見据えて無情にも言ったのだ。


お前は一度真選組で根性を叩き直してこい、さもなくば破門だ、と。


真選組、聞いた瞬間に思った。
ああ、私の人生は終わったと。

無理はないだろう。だって真選組というのは表向き町の治安を守る国家警察だけれど、裏では何をしているか分からない見るからに黒い組織なのだ。

なんせ巷ではヤクザ警察と呼ばれている程だから、きっと中身は相当荒れているに違いない。しかも真選組は男所帯と言うではないか。


血気盛んな幕府の犬の集まり。
料理を習おうと集まるお父さんの数十倍、いや数百倍はたちが悪い。

そんな中に私を一人投げ込もうって言うのお父さん。正に肉食獣の中に子豚を一匹投げ込むようなモノじゃない。いややっぱり子豚じゃなくて兎にしておこうかな、悲しくなるから。


それは止めてと懇願する様に父を見上げたけれど、教育パパなんていう野暮ったい物に成り下がったらしい彼には伝わらず。

結局父の電話一本で、私は真選組に入隊する事になってしまった。

今まで散々父の財力で生かしてもらっておいて言える身じゃないのは分かってるけど、その時だけは父が失脚していれば良かったとすら思った。

何よ政府の高官だからって。
お父さんもお父さんの電話を受けた松平とかいう人も、一様に爆発しちゃえばいいのに。


物騒な思いを抱きつつ、私は涙目で最終手段(母に縋る)を取ったものの、父の眼力という攻撃に邪魔をされ見事玉砕に終わった。

私は半ば投げやりに、ノートパソコンや着替えといった生活必需品を大きなボストンバックに詰めるに至ったのだ。





そして今。
私は真選組の屯所の門の前にいる。

家は屯所から徒歩五分のマンションを借りた。
流石に屯所で割り当てられた部屋に住み込むのは止めるべきだと、あの糞親父が判断したらしい。当たり前だと思う。

一度大きく深呼吸してから、門の脇に立ち先程から私を訝しげな表情で見ていた門番らしき坊主の隊士に近寄ってみる。


「あのう、すみません」


控え目に声を掛けてから自分の名と入隊の旨を名乗ると、彼の顔色が忽ち青紫っぽく変色していくのが見て取れた。

あれ可笑しいな。
なんでそんなに慌てるんだろう。

そう疑問に思っている間に、門番の彼は屯所内へとすっ飛んでいき、そしてものの二十秒で呆ける私の元へと帰ってきた。
但し、何だか違う男性を連れて。


「君が一ノ宮花果さんかな?」


門番同様息を絶え絶えにしてそう問い掛けてきた、体格が良くて好感が持てるその男性に向かって小さく頷く。
すると彼は焦るような驚くような、兎に角面白いと形容するに相応しい表情を漏らした。


ゴリラ…?
彼を見て生まれた失礼にも程がある第一印象は心臓の奥の方へ押しやる。

よく見なさい自分。この人は人間じゃないか。360度何処からみてもヒト科だよ大丈夫。

焦りと手汗を必死に抑え(私は馬鹿か)、大きく見開かれた彼の瞳に映る自分と目を合わせる。何だか随分と自分が小さく思えた。



「いやあ話は上司の松平から聞いてましたよ花果さん」
「あ、そうなんですか」
「俺は真選組局長の近藤です」


仮にも部下という位置付けになるであろう私に敬語を遣い、その割には豪快に笑う近藤局長さん。
何だか面白い人だと思うと同時に、自分が気遣われているのがとても気持ち悪かった。

親の力で勝手にここに入隊させられた訳であって、別に私自身は一ノ宮家の娘という待遇が受けたい訳ではない。
寧ろそう言った、長い物には巻かれろ思考は嫌いなのだ。それこそ名字なんて必要ないと思う程に。



「近藤さん、私は部下になりますし、敬語なんて恐れ多いです」
「いや、でもお父上が…」
「ここでは私を一ノ宮家の者と扱って頂かなくて結構です」
「…そうだな、すまなんだ」



心底申し訳なかったというのが伝わってくるような、気持ちの籠もった謝罪をしてくるこの人はきっと凄く心根が優しい人なんだろう。

そんな彼を筆頭に構成される真選組。
もしかしたらいい人ばかりなのかもしれない。

近藤さんにこれからお世話になりますと挨拶をしながら、頭の隅で生まれた希望がむくむくと全身に広がっていくのを感じた。

男ばっかり沢山いるっていうし、もしかしなくともイケメンな好青年が一人くらいはいるはず。最悪その人を拝めれば良しとしようじゃないか。よし、明日から頑張ろう。



「じゃあ花果ちゃん、取り敢えず屯所の中に入ってもらおう」
「あ、はい」
「中で会わせたい人物もいるしな」
「会わせたい人…ですか?」



小首を捻り問うてみたものの、近藤さんから返ってきた唯一の反応は人当たりの良さそうな笑顔だけで、全く何の解決にもならなかった。多分会ってからのお楽しみ、とでも言いたいんだろう。

教育係みたいな人だろうか。

もしそうならイケメン…、少年漫画のモブキャラを恋人みたいに愛でていた私にイケメンを恵んで下さい神様。お願いします近藤さん。

欲を言えば茶髪で伊達メガネがいいです。黒と金の中間の焦げ茶色の好青年が大好物なんです。
ああ考えただけで手からへんな汗が出てきた。


ちょっとやそっとじゃ叶いそうもない願いを適当な神様に祈りつつ、入り組んだ廊下を迷いなく歩く近藤さんの大きな背中を必死に追う。大股だからか、いつ見失うか分からなくてヒヤヒヤした。

ちょっと速すぎやしませんか。
さっきまであんなへりくだった態度を取ってたくせに、こういう気遣いは出来ないのかもう。
ああそれも私が原因か。私がゴリラみたいとか思ったから悪いのか。


なんて甚だしいにも程があるような被害妄想を一人巡らせていたら、突然近藤さんという壁がピタリと動きを止めた。

当然自分の世界に入り浸っていた私はそんな事に気付く筈がない訳で、危うく彼の背中にぶつかりかけた。間一髪のところで止まった自分を誉めてあげたい。



「あり?花果ちゃーん、」
「あ、すみません真後ろにいます」


余りにぴたりと後ろに付いていた所為か気付いてもらえなかった。

近藤さんはガハハと豪気な笑い声と共に、勢い良くすぐ脇にあった扉の戸をガラガラと盛大な音を立てて引く。

ここどこだろう。
その場を見回すと『応接室』と達筆な字のプレートを発見。なるほど、応接室か。

私が頷く間にも近藤さんは室内に一歩足を踏み入れていた事に気付いて、慌てて後に続こうとする。

けれど、何故か近藤さんの私より何周りも大きな背中が漬け物石の如く動かないものになってしまったので、私は中に入るどころか廊下の冷たい風に晒される事となってしまった。

なんだこの新手のイジメ。
そう思うのも必然だろう。

だって近藤さんの背中が私の前に立ちはだかる、即ち私には中にいる人物の姿が見れないという事なのだから。



「おう近藤さん、例の新人連れてきたのか?」


中から独特の低くて艶めかしい声が聞こえてきた。きっと彼が私に会わせたい人物だろう。

声優並みにイケボなんだがどうしてくれよう。
まだ見ぬ彼の声にときめきを覚えた私は、近藤さん越しの彼の姿をちらりとでも目に収めようと爪先立ちになってみる。
が、背の低い私には到底近藤さんの壁を超え彼を垣間見る事など出来なかった。

声だけしか聞こえないなんてもどかし過ぎる。近藤さんて悪魔だ。



「ああ、トシ好みの可愛らしい子でな」
「俺ァ女なんざ興味ねーよ」
「それはお妙さんも入るのか」
「愚問だ、凶暴女にゃ興味ねェ」
「お妙さんを悪く言うのはトシでも許さんぞ」



どうやら近藤さんはお妙さんという人に相当お熱なようで、私を後ろに隠している事なんて忘れたかのように「トシ」さんへと飛び掛かっていった。


勿論、その瞬間に私の視界がぶわあっと広がる訳で。

そして私の視界に、色気のある声を持つ「トシ」さんがばっちり入ってきた。しかも目が合うという特典付きで。


どくん。
心臓がセイウチみたいに跳ねる。

うわ、本当にきた。
イケメン、キター!
って、やっぱり私は変態か。



∴ニート脱出しました



(20120124)