「あ?もしもしお母さん?私だよわたし、今大丈夫?え?何言ってんの娘はわた、って、あ!…切れた」


そりゃ切れるだろィ、と心中でツッコミを入れながら、ツーツー、とこちらにまで届くような音を出す携帯を呆然と握る花果に目を遣る。

どうやらこの単細胞女は何故自分が電話を切られたかよく分かっていないらしく、小首を傾げ睫をふるふると規則的に揺らしていた。尖らせた唇からは、「もう、薄情な母親だなあ」なんて台詞も漏れてやがる。馬鹿かこいつ。それとも天然なのか、なんて考えつつ大きめの溜め息を吐くと、花果の黒目が俺の方へと向けられた。



「どうかしました?」
「いや、ただ、ここまで残念な年上の女が存在する事に対してやるせなさを感じてただけでさァ」
「は?」
「オレオレ詐欺の練習でもしてんのかと思いやしたぜ」
「はあ?大丈夫ですか沖田さん」


いやお前の頭の方が大丈夫か。
そう言ってやろうかとも思ったが、そうすれば彼女はムキになって反論したり俺の悪口を言ってくる事は分かりきっているため、敢えて口は開かなかった。

代わりに蔑みを含んだ視線をたっぷり見舞ってやった。無論それだけでも花果の癪には触ったようで、何ですかその目腹立つ!とか何とか喚いていた。が、そこは土方コノヤローとの会話で培ったスルースキルを活用して全部聞かなかった事にしようと思う。

つーかそれより、俺がここまで毎日一緒に仕事してやってるのに、こんなにも靡かねえとはどういう事だ。

大概の女ならもう既に調教が済んでいてもいい頃だというのに、コイツは一向に俺に従属する素振りを見せやがらないのだ。いくら反抗的な雌だといえ、これはおかしい。やっぱり馬鹿なんだろうか。


「おい花果」
「なんですか」
「んだふてぶてしい面しやがって、倍不細工ですぜ」
「うっさいドS!」
「お前こそうっさいでさァ。つーかそれより聞きやすけど、今ハマってるゲームは?」


おそらくこんな質問が俺から出てくるとは露ほどもも考えていなかったのだろう、一瞬絵になるくらいに間抜けな面を晒した花果は、瞬きを何度も繰り返しつつ閉口した。失敗した、写メ起動させときゃ良かった。

しばらく考えあぐねていたようだが、不意に表情を明るくする。予想はロープレだな、うん。



「あ!私いま、結構ギャルゲーとかやってて。なんかねーもう新たな扉開いてるんですけど、これが意外とめちゃくちゃ楽しくて…!殺人的に可愛い子を夜な夜な育成してるんですよーやばいですよ何たってクーデレですからもう超可愛い飼いたい、あ、いやもう飼ってるんてすけど実際でもまだまだイベ残ってるんでこれからどんどん私好みにしていく予定なんですえへへ」


なんだ、只の馬鹿か。
確信した。今確信した。今まで薄々気づいてはいたが今、今とりあえずきちんと理解した。コイツはただの馬鹿だ。天然でも何でもねぇ。

グーテンベルクだかクールビズだか知らねえが、兎に角ほとんどついていけない台詞にイライラしていると、追い討ちのように「あ、沖田さんも今度やります?」と来たもんだ。もう何だこの女。誰がやるかンなモン。

自分の胃の中に苛立ちが募っていくのを感じた。と、その次の瞬間には俺はもう花果の黒髪を思いっ切り引っ付かんでグイグイ引っ張っていた。無意識ってやつは恐ろしいモンだ。体を勝手に動かしやがる。


「ちょ、いった、いたいいたい何これデジャヴ?」
「なんのデジャヴか三十字以内で簡潔に述べなせェ」
「この前首締められた時のだよ、ていうか痛いです真面目に結構髪抜けます毛根からグッバイ寸前です」
「そりゃめでてェ」
「いや何言ってるんでっ痛い痛い!ちょ、沖田さん本気で痛いです止めてください!そんなに私の髪が羨ましいのかなこの人ヅラは確かに辛いだろうけど他人の毛を毟る程コンプレックスなのかなうわそれはそれで笑える痛い沖田プププ」
「一回地獄に落なせェ」


安心しろ俺が責任を持って落としてやりやす。
正直な気持ちを声に出しながら花果の髪を自分の方へと引っ張り、見事にバランスを崩した馬鹿の首を今回もがっちりホールドした。

本当に、花果だけは今後も当分調教出来る気がしない。いや、まあ絶対屈服させてやるけど。

私何か言いましたか的な事を慌てて浮かべる花果の白い喉元をきちんと右腕で締める。苦しそうな金魚みてえな表情。やべえ、写真撮りてえ。

暫くそのままでいると、ぎゃんぎゃん悲鳴に近い抵抗の声を上げていた馬鹿がいよいよ静かになってきたので優しい俺は一応解放してやった。床に座り込んでゼエゼエ肩で息をする様を見下ろすのは気分が良かった。反抗的な目で睨んできたのは頂けねえが、まあ良しとする。


「沖田さん私を殺す気ですかスナイパーですかオイ」
「スナイパーの意味分かってねェだろ馬鹿」
「狙撃手だバーカ」
「…もう一回いきやすか?」
「ごご、ごめんなさいすいません」


こういう時だけ頭を深々と下げるとか、そういう事だけに関しては意外と頭が回る。それもそれでどうかと思う訳だが。
もう一度大きく溜め息を吐いてから、懐に常備しているチョーカーを取り出す。

今日はこれで勘弁してやりやすぜ?

女共から一番の食いつきを受ける笑顔を添えて黒い首輪を差し出すと、花果の口からは虫の悲鳴のような何とも判別のつけ難い音が漏れた。それだけはご勘弁を、とか言って食い下がって来やがったが、もう一度酸素を奪ってやろうかと腕を伸ばすと直ぐに口を噤んで丸くなる。

半分涙目でイヤイヤと首を振る様は、花果のクセに人の加虐心を煽るものだった。…ちょっと、心臓が疼いたのはきっと気のせいだ。だって相手はあの花果だしな。

…いや、そもそもこの疼きは飼い主が雌豚を飼育する際に必要不可欠なものなのだから別に問題無いっちゃ無いのか?

でも花果だぞ只の馬鹿女だぞ。いつもネトゲばっかやってて仕事も飲み込み遅いクセして偉そうで偶に年上ぶったりするし、ゲームで徹夜したからって俺のアイマスク勝手に使って眠りこけるようなヤツだ。調教どころのレベルじゃねえだろ。

つーか何で俺がこんな考えなきゃいけねえんだよ。もう知らねえ。なんか腹立つ。何も無かった事にすりゃいいや。



「ホラ、きっと花果に似合いやすぜ」
「い、…いや、沖田さん…」
「ホラ」
「も、もう今後一切沖田さんの事ハゲだなんて思いませんから」
「あ、付けてやりやしょうか?」
「もう沖田さんが寝てるスキに寝顔撮って可愛いグフフとか言わない、ですから」
「照れてないで早く受け取りなせェ」
「あ、したの朝ご飯…!」
「…あ?」
「沖田さんの好物つくりますから、だから…あの、」
「ああ?」
「好きな食べ物、教えてください…?」
「……」
「…ダメ、ですか?」
「…んだそれ」


駄目だ、今日の俺は可笑しい。
てか、コイツはドSが打たれ弱いってことを知ってんのか?知っててやってんのか?…って、ンな事別に関係ないんだろうけど。

けど取り敢えず、この目の前の馬鹿野郎がそれを知る事はないだろうっつーことが、無性に、悔しい。



∴君は鹿です


(20130212)