「はい、これを」

そう言ってずいと差し出された小さな花束に、思わず目を瞬かせる。私の反応を楽しむかのように目尻を下げた彼女に対してえもいわれぬ不満が頭を過って、思いの外棘が含まれた声が喉元を通り過ぎていった。


「なんのつもりだ?」
「なんのつもりって?」
「別に何が有る訳でもないのに花束なんて、からかっているようにしか思えないだろ」
「そうなの?」


そうだとは思わなかったと、彼女は微笑んだ。ごめんなさい、とも言った。そんな風に素直に謝罪されてしまっては私の立つ瀬がない。と、言うよりは何だか格好が付かない気がして、それが矢張り気に食わなくて、フンとそっぽを向く。餓鬼臭い、とかそんなのは承知している。しているが、どうにもむしゃくしゃするんだから仕方ないだろう。


「拗ねないで、ごめんなさい」
「拗ねてない」
「拗ねてるよ」
「拗ねてない」
「はいはい」


彼女がどこか楽しそうに目を細めた姿を横目で確認しつつ、一度大きく息を吐き出す。何が楽しいのかは完全に私の理解の外だが、だからと言ってこれ以上突き放すような事をしようとは思わなかった。何故か、なんて分からないし、きっと誰も分からないのだろう。

半ば強引に右の手のひらの上に載せられた、小ぢんまりとした花束にもう一度視線を落とす。白や桃色と言った、淡い色の花が一緒くたになって網膜に飛び込んでくるのをぼんやりと享受している間に、控え目な花の香りに鼻腔を擽られた。本当に、男の私に何故こんなものをわざわざ渡しに出てきたのやら。

意図的に瞼を下げて瞬きをする。次に目を開けた世界は、何故かほんの少しだけ柔らかい輪郭を持っているように見えた。目の錯覚だとは、分かっているが。


「あのね、私、花が好きなの」
「見れば分かるけど」
「そうだね。でも、もっと好きなものもある」


鉢屋君に分かる?
そう言って彼女は文字通り、花のように微笑む。風にのってこちらまで届いた笑顔に、一瞬鳥肌が立ったなんて言ったら、私達はどんな関係になれるのだろうか。そんな下らない事を、情けないが考えてしまった。

私は忍びになるのだ。誰にも見破られない皮を被って、何時であろうと作り笑いで固めて、相手を油断させられるような忍びに。なのに、こんなところで動揺していい筈がない。ないのに、おかしい。心臓は、早鐘という奴を打ったまま止まってはくれない。彼女の白い肌が妙に目に付く。私の真似できない高い声が妙に鼓膜に張り付く。私は遂に頭が可笑しくなったのか。

この感情が何であるかなんて本当は分かっている筈なのに、少し本気で、危惧した。そうだ、分かっている筈なんだ。認めたくないだけで、な。そんな雷蔵に聞かれたら笑われそうな事を考えつつ、僅かに息を吐き出そうと口を開いたとほぼ同時だった、と思う。またもや彼女の鈴を転がしたような嫌味のない高音が、ゆっくりと三半規管に入ってきた。


「鉢屋君が体温を持って、鼓動を持って、花を片手に生きていてくれるという事実が、私は何より好きなんだ」


そう言って、にっこりと浮かんだ笑顔に、私の心臓は見事に掬われた。してやられたな、と思った程だ。これは確実に、掴みにきた。きっとそんな意図があった訳ではないだろうに、ふんわりと浮かび上がった笑窪にどうしたって目を奪われる。ああ、愛おしくて、守ってやりたい。なんて、そんな、この思いを私は一体どうすべきだと言うのだろうか。私には到底、分かりそうもない。ただ、この思いだけは雷蔵に訊かずに、自分の中で消化した方が良いだろうと、何と無く感じていた。理由なんてないが、とにかく、目の前にあるこの笑顔を、私は何時までだって壊さずに眺めていたいのだ。



椿:花言葉は
愛らしさ



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甘ちゃんは私の天使です。異論は認めません。他人の痛みを知ろうと努力する、笑顔の素敵な彼女には学ぶところが沢山あります。いつも癒されてます。三郎のキャラと展開が行方不明で申し訳ないです。甘ちゃんリプありがとうございました!




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