「黒子くん、黒子くん」

透明感のある水色の髪の毛を揺らす彼の背中にそう声を掛ける。けれど、返事はない。

思わず「あれ?」と声をあげる。何時もなら声を掛ける間も無く、ぴたりと本を読む手を止めてくるりと振り返って、私を見てくれるというのに、一体どうしたと言うのだろうか。分からない。黒子テツヤという人間は、大概分からないことばかりである。彼女の私がそう言うのだから間違いない。まあ、彼女といっても先週ようやく告白に成功して、付き合ってもらったまだまだ新米彼女なのだけれど。

すう、と、学校の淀んだ空気を取り入れてもう一度声を出してみる。黒子くん。今度は背中をポンポンと叩いて、そう口にした、の、だけれど。

なんたる事か、また返事がない。
それどころか、黒子くんの体はまるで岩かなにかのように微塵も動こうとしてくれない。寝ているのかと思ったものの、本のページを捲る音が等間隔で聞こえてくる為意識ははっきりしているのだろう。

つまり、気付いていないのではなくて、無視しているということ。不覚にも泣きそうになった。けれど、直ぐに考えを改めて、みっともなく泣くよりもこんな風に無視される理由を考える事にする。その方が、賢明じゃないか。せっかく私はテツヤくんの事を大好きになれたのだから、その気持ちを大切にしたい。そう…ん?テツヤ、くん?


「テツヤくん」


もしかして、という気持ちを込めて口にしたその言葉は、どうやら正解だったらしい。私の一回り大きな肩がピクリと揺れて、それからゆっくりと水色の頭が動き出す。振り向いたテツヤくんの目尻は何時もより下を向いていて、なんとなく擽ったいような、柔らかい気持ちになった。


「やっと振り向いてくれた」
「そっちこそ、やっと呼んでくれましたね」
「ご、ごめん…」
「別にいいですよ、気にしてません。それに、」


最終的には分かってくれたようなので、それで良いです。
そう言って、テツヤくんは照れたように微笑んだ。まるで優しい香りのする花みたいな笑顔をしっかりと網膜に焼き付けながら、彼でも名前の呼び方なんて気にするんだなあなんて考える。

ただ、そう思ったら、目の前の彼が途端に愛おしく見えてきた。余り自分の感情を表に出さないテツヤくんが、ここまで分かりやすく意思を示してくれた、言ってしまえば甘えてくれた、のだ。なんて、なんて幸せなことなんだろう。

考えれば考える程、心臓から送られてゆく血液が熱くなってゆくような気がした。どうしよう、大好きだ。勢いに任せて抱きついてやろうかとも考えたけれど、クラスメイトがいる教室の中でする事じゃないし、きっとそんな事をしても今の私の気持ちは彼に伝えきれはしないだろう。だから、そっと、笑顔を浮かべた。他の誰にも見えないように、テツヤくんだけに向かって、どうしようもなく溢れ出す好きを顔一杯に塗り広げて。

ああ、私の頭を切って、彼に脳内の全てを見せてあげられたらいいのに。そうしたら、テツヤくんにも分かってもらえるだろうか。私の中で占める彼の割合が、とてもとても、大きいことに。

そんな叶いもしない事を考えていると、不意に頭の上に柔らかい感触を覚える。テツヤくんの手だ、と、気付くのにそう時間はかからず、もう一度彼を見やると、体ごとこちらを向いて照れたように微笑む彼の姿があった。


「そんな可愛い顔で笑わないでください」


次の授業が、どうでも良くなってしまうでしょう?
そんな殺し文句が、わたしの左心室でトクンと跳ねる。口をパクパクと意味もなく開閉してみるも、求めている酸素は入ってきてはくれなかった。その代わり、テツヤくんへの気持ちだけが肺胞の奥にまで流れ込んでくる。どうしようどうしよう、大好きだ。恥ずかしいくらいに、大好き。

何故か思わず目を伏せると、頭の上の優しい手が静かに動き出すのが分かった。授業なんて、どうでもいい、か。普段は聞けないテツヤくんの気持ちを聞けた事に対して、思わず頬が緩む。自分でも分かるくらいに赤くなった頬を押さえて再び斜め上に視線を上げれば、やはり柔らかい笑みがそこにある。ねえ、次の授業、サボろうか。そんな風に口にしたなら、一体君はどんな顔で笑うのだろうか。



シクラメン:花言葉は
はにかみ



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奈優ちゃんは愛らしい天使、というイメージが強過ぎて、はにかみ、という単語にビビっと来てしまいました。きっと笑顔の可愛い人だと思います。確信があります。奈優ちゃんRTありがとうございました!



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