今日もまた、ハアハアと肩で息をしながら花井はやって来た。

受験生でもない私たちの放課後の教室に人なんている筈もなく、そこで一人数学の宿題と格闘している私。何時もと丸切り同じ光景であるというのに、花井は至極嬉しそうに目尻を下げた。何かあったのか、と怪訝に思って眉根を寄せてみるも、彼からの反応は得られずにただ橙色をした夕陽だけがより一層に影を濃くしてゆく。黒板に浮かび上がった花井の影が、ゆらりゆらりと窓側へと近付いてくるのを何と無く、ぼんやりと眺めた。


「おつかれ」
「おー」
「今日は早かったね?」
「ん、まあ今日は大会前だし調整だけだったからなー」
「そっか」


まだ空が赤い内に花井が私を迎えにくることは、実はとても珍しい。何時もはとっぷりと日が暮れて空が藍色に変わってから、申し訳なさそうな表情で教室に入ってくると言うのに。まあ一つだけ変わらない事と言えば、何時だって彼は息を切らして駆け込んで来る、という事くらいだろうか。

ふう、と一度大きく息を吐いてから改めて花井の顔を身やれば、当然のように視線が交わる、訳ではなく、相手にふいと顔を背けられた。まったく、本当に照れ屋と言うか何と言うか。


「…帰るぞ」
「うん」
「早く準備しろよ」
「うん…あ、」
「あ?」
「あのね、私は好きで花井の練習が終わるまで待ってるんだから別に良いんだけど、」


花井はわざわざ私の為にグラウンドからここまで戻って来なくても良いんだよ?何だったら練習終わる頃に私がそっちに迎えに行くし。

ずっと考えていた事を、至って普通の口調で零した。すると花井は何という事か、最初こそきょとんとした顔をしていたものの、瞬きを数回もしない内にみるみる不機嫌な表情に変わったでないか。

何故?私は別に、癪に障るような事を言ったつもりはないのだが。何が気に入らなかったのやら。はて、と恐れるでも謝るでもなく、ただこてんと小さく小首を傾げると、彼は坊主頭を右手でガリガリと掻きながら大きなモーションを付けて俯いてしまう。一体なにが言いたいのだろうか。問い掛けようと肺に息を溜めた瞬間に、先を越すかのように花井の低目の声に鼓膜を揺らされた。馬鹿か、と、一言。


「は?馬鹿じゃないけど?」
「いや馬鹿だろ、なんで分かんないんだよお前三橋かよ」
「馬鹿じゃないし三橋君でもない」
「俺が、好きなんだよ!」
「はい?なにが?」
「この空間が!お前を迎えにいった時のこの教室が」


だからお前は黙って待っていれば良いのだと、花井が真っ赤な顔をしてそう言うから。その所為で、私まで真っ赤な顔になるしか選択肢が無かった。辛うじて返した、練習で疲れてるんじゃないの、は、矢張り彼の大声に一蹴されてしまう。俯いたまま、半ばヤケクソになったみたいな花井から紡がれた言葉は、嬉しくて嬉しくて、思わず私が彼に飛びつくくらいには、幸せなものだった。


「俺が練習後に勝手にお前を迎えに行って、勝手に癒されてるだけっつーことなんだから良いんだよ!以上!」


自分の頬が、じんじんと熱を持つ。夕陽がそれに拍車を掛けるように、教室全体を朱色に、熱くて濃い色に染め上げていた。ああ、私って、なんて素敵な人を好きになったんだろう。



都忘れ:花言葉は
憩い



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ぴぎーはわたしの憩いです。色んな意味で。いつもお世話になっています、という事でこんな花井君になりましたごめんなさい。泉以外書いたこと無かったのでもうね、もうね、ごめんなさい。RTありがとうございました。



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