何時だったか、同性の友人に言われてとても傷付いた言葉がある。慰めようと、手を伸ばした矢先に言われた台詞だっただろうか。とにかくその言葉を受けてから私は、自分でない他の誰かと会話をする事が、苦手になったのだ。

ぼう、と、何処を見ているのか自分ですら分からないような薄呆けた視線を巡らせつつ、今まで保っていた体勢をゆっくりと崩す。背中からずり落ちる形で降りてゆくと、不可抗力で伸びてゆく爪先が彼の腰と衝突した。あ、意外と痛い。ぐにゃり、と足の中指が曲がる感覚に自然と顔を顰める。

が、どうやらそれは相手も同じだったらしく、うお、なんてくぐもった声がやたら無機質に見える部屋に木霊した。


「んだよ」
「ごめん、当たった」
「地味にイテーわ」
「ごめんて。それに私の爪先だって青峰と同じくらい痛かったし、おあいこでしょ」


思った事を飾り立てずに口にすると、彼、青峰大輝はまるで呆れたような口調で一言を落とす。んな訳あるか。だって。

まあ、それはそうか。確かに、彼からしてみれば突然爪先が腰にめり込んできたのだし、これは確実に私が悪いか。申し訳ない。口調からして別段嫌な気持ちにさせている訳ではなさそうだけれど、それでも少しでも気に障ってしまっていたのならきちんと謝らなきゃなあ。ああ、こういう時はどんな謝罪が一番良いのだろう。どんな言葉を投げ掛ければ、彼は気にするなと言ってカラカラの笑い声を立ててくれるのだろう。傷付けたくないのだ、私は、他人より不器用だから。


「おい、お前また変な事考えてるだろ」


不意に、ぱちりと小さな音を立てて私の視界の膜が剥がれ落ちた。
それを剥がした張本人の方へと顔を向ければ、こんがりと焼けた肌が私の視界に飛び込んでくる。面倒臭そうに頭を掻く青峰は、私と目が合うと少しだけ頬袋を膨らませた。子供みたい、なんて、もちろん口には出せなかったけれど。


「変な事って…」
「は?どうせお前の事だから、他人が自分をどう思うだ、どんな言葉なら傷つけないかだの何だのつまんねー事考えてたんだろ?」
「…まあね、だって私、人の気持ちをよく間違えたりするし」
「は?」
「え?」


思い切り怪訝な顔をした青峰に同様の疑問符を付けて返すと、冷めていた筈の室内の空気が一気に騒ぎ立て始める。何なの、と私が正直に聞くよりも早く、彼の唇がゆっくりと動き出した。

お前は他の奴の痛みみてーなの、全部分かってるじゃねーか。
まさか、あの青峰から、こんな台詞を貰うことになろうとは。予想だにしていなかった事態に一瞬脳みそが両手を上げたが、直ぐさま冷静になって再考を始める。何か勘違いしていないか、コイツ。考えついた先は、当然ながらそこだった。


「青峰、私は他の人の気持ちは、分からないよ」
「は?そりゃ当たり前だろ」
「ん?」
「他人の気持ちなんて分かってたまるかよ。そうじゃなくて、痛みだっつったろ。お前、俺がいてぇと直ぐ分かるし」


静かに、静かに、心臓に何か杭が埋まっていくような感覚に近しい感情が、私の心臓を一杯一杯に満たしてゆく気がした。ありがとう、ありがとう。何故か無性にお礼を言いたくなって、でも変な奴だと一蹴されるのは目に見えていたから、何とか堪えた。

痛みが、分かる。生まれてから今までで、こんなにも幸せな誉め言葉を貰った事があっただろうか。相手が青峰だ、というのがまた、何と無くこそばゆくて、そこはかとなく嬉しい。彼はお世辞を言うような性格じゃない、と分かっているからだろうか。それとも、「青峰だから」なのだろうか。その辺りはまだ、曖昧で不透明だ。でも、今はそれでいい気がした。

アンタに私の気持ちなんて分かるか。
そう言われて傷付いた過去の自分が、静かに目を伏せる。

目の前の青峰に小さく頷いて見せると、憎らしくなるくらいに屈託のない笑みで、お前はバカだと肯定された。


アマドコロ:花言葉は
痛みの分かる人



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宇治ちゃんは魅力的すぎてランキュラスと迷いましたが、感傷的で優しい心の持ち主だ、という思いが勝りこのお花にさせてもらいました。心の痛みが分かる人は、存外自分の痛みは見て見ぬフリをして、何事も無いように振舞ってしまう気がしますがそれは駄目ですよ。宇治ちゃんのように他人への気遣いを怠らない優しい方と知り合えて幸せです。RTありがとうございました。



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