「お前、何泣いてんだぁ?」

談話室のドアを開けた途端目に入ってきた後輩の涙を見て、思わず間抜けとも思える声が出た。何故か俺の声にビクリと大きく肩を揺らした彼女は、その後でゆっくりとこちらに顔を上げる。目頭から目尻にかけて目一杯に張られた涙の膜が、今にも崩れそうな様子で彼女の眼球を守っていた。


「スクアーロ、さん…っ、」
「ど、どおしたぁ?ベルになんかされたかぁ ?それともあのクソボスか?」
「わ、わたし…あの、」
「出来る事ならやってやるから言ってみろぉ」
「…その、か、感動してしまって…」
「…は?」


ベルに何か小言を言われて、感動したのかコイツは?
一瞬本気で目の前の新米幹部の頭を心配したが、その後何秒もしないうちに、彼女の右手に革張りの分厚い本があるのが分かった。大事そうに抱えられた茶色い表紙には、大きな金文字でフランス語が綴ってあった。まさか、まさかだが、もしや。


「もしかして、お前はこの本に感動して泣いてやがっただけかぁ?」
「え?はい、もちろん…」
「はぁあ!?」
「ひっ!?」


またもやビクリと肩を竦めた彼女を見て、無意識ながら大仰な溜息が口から漏れ出でてゆく。一気に肩から力が抜ける感覚からして、どうやら俺は結構面倒見がいい部類の人間らしい。
呆れた、という意思表示をする為にも右手を額にぴとりと当てると、狭くなった視界の端に映るバカが不思議そうに眉根を寄せた。ほんと分かってねぇんだな、こいつ。つーかまず何より、なあ。


「お前、本なんかで泣くのかぁ?」


俺もコイツも仮にも暗殺者。それもそんじょそこらの暗殺者ではなく、世界一の暗殺部隊ヴァリアーの一員なのだ。残虐非道、の言葉が何よりもぴったりな筈なのに、否、ぴったりでなくちゃならねぇのに、たかが作り話ごときで涙を流すとは。果たしてあって良い事なのかと、中々に本気で頭を悩ます。だが肝心の彼女はどうやら全くの無自覚らしく、小さく小首を傾げたまま、赤く泣き腫らした眼を利き手でゴシゴシと遠慮なく擦ってやがる。

全く、危機感て奴が足りねえんだよな本当に。
何故か、無性に苛立ちを覚えた。ただそれをあからさまにするのは流石に先輩としてどうなのかという思考くらいは働いたらしく、普段なら確実に飛び出すであろう舌打ちはしなかった。偉いな俺、なんてなぁ。


「え、スクアーロさんは本で泣かないんですか?」
「泣くわけねーだろぉ」
「そうなんですか…?不思議…」
「不思議…じゃねぇ!暗殺者がフィクションなんかで泣くな情けねえだろぉ!」


あ、流石に今のは声張りすぎたか。やっちまった、そう少し後悔した時にはもう大分遅かったのか、目の前の後輩はそりゃあまん丸に目を見開いて、それから静かに目を伏せた。こういう時に咄嗟に謝罪の言葉が出る訳ではない自分の性分が、何だかとても疎ましく思える。つーか、泣かれるのは色々と困るんだが。どうするべきか。

取り敢えず頭でも撫でときゃなんとかなるかと、何とも安易な考えを抱いて静かに片腕を彼女の頭の方へと伸ばしてゆく。が、俺の手のひらが目的地に到達する前に、バカな後輩の細い声がゆらりと鼓膜に届いた。


「良いんです。確かに私は沢山ひとを殺してるけど、それでもたくさんの笑顔を知っているし、わたしの周りは沢山の色で溢れている。だから、良いんです。それに、涙は自分勝手に出てくるものなんです。」


ぽろりぽろりと、透明な液体を、涙とやらを目尻から落としながら。それでも前を向いて小さな口から伝えられた言葉は、どこか暖かくて寛大なくせに、何故か頼りなかった。それが無性に愛おしく思える俺はもしかしたら末期なのかもしれない。

だが、コイツの世界みたいに沢山の色に満ち満ちていて、尚且つ、柔らかくて細けえ事実がプカプカ浮いている世界も、認めてやるべきなんだろうなぁ、と思う。何故かって、そんなの簡単だろぉ。涙に濡れながら小さく微笑むコイツが、とてもとても綺麗に見えたから、だ。



フリージア:花言葉は
感受性



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ぽぽさんのツイートもそうですが、それより何より彼女の夢を読むと、ああなんて感受性が豊かなんだろうと何時も感慨に耽ります。多感なのは本当に素晴らしい事と思います。たとえ辛い思いをする事が多くても、世界が肥えるという意味で私は感受性の強い人に憧れます。このネタも叶う事ならssでなく短編としての長さで書きたかったです。ぽぽさまRTありがとうございました!



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