人生は案外つまらなくて、無味無臭なものなんだと半ば本気で信じていた。でも、彼女はそうでない事を教えてくれた。俺にとって、彼女は残りの寿命の全てになった。本当に、そう言い切ってしまっても何ら違和感がないくらい、大切で大切で、大好きなんだけどな。


「じゃ、私行くから」


元気にしてるんだよ、ディーノ。
そう言って何時も通りの柔らかな笑顔を笑顔を俺に向ける彼女が、今だけは憎らしく思えた。

仕事の都合でフランスに移るという事を聞いたのはほんの二週間前で、それを口にした時でさえ彼女は笑っていた。ただその時は、口元が震えてもいた。だから、寂しいのを我慢してるんだな、というのが分かったから、俺も何も言わなかった。黙って、行くなと駄々を捏ねて泣き叫びたくなるのを一生懸命に堪えて、それで、許した。

でも、でも、だ。
別れの時くらい、笑顔でなくて泣き顔を見せてくれてもいいではないか。しかも今日は、涙を浮かべる予兆さえ窺わせてくれないときたもんだ。全く嫌になる。いや、どう足掻いても嫌いにはなれないけど。


「本当に行っちゃうんですか?」
「本当に行っちゃうんです」
「止めてくださいなんか卑猥だから」
「え、ちょっと君の頭の中大丈夫?中学生?」


言いながら俺の頭に手を伸ばしてくる彼女が、不意に、何かを懐かしむようにフッと笑みを浮かべる。こんな時にまで軽口かよ、と、半分は自分の責任であるにも関わらず唇を尖らせる想いでいた俺も、それに釣られて静かに目を閉じた。

暗い海の中に潜ったような世界に入ったところで、頭蓋に優しい感触が広がる。慣れ親しんだ感覚だった。そうか、思えば俺は何時だって、彼女に頭を撫でられていた気がするな。

彼女は快活な人だった。いつも人懐こい笑顔を振り撒いて、そんでもって他人を振り回すのが上手かった。というか俺もその内の一人だ。

俺が何度失敗しても彼女は笑ってくれた。ロマーリオがいないと駄目な俺の頭を撫でて、馬鹿だからこそ可愛いんだよ、とか笑えない台詞と共に額にキスをしてくれた。キスなんて挨拶と何ら変わらないのに、その時だけは体温がカッと上がったこと、口には出してないけど彼女は気付いていただろうか。

ああ、もしかしたら知ってたのかもな。俺の気持ちも何もかも、全部。


「ほんと、ディーノの金髪は綺麗ね」
「…何回目すかそれ」
「何回目だろう。ディーノ、ありがとね」


は、と重い瞼を上げる。未だに彼女の手のひらは俺の頭の上を右往左往しているが、彼女の澄んだ瞳は俺のそれを真っ直ぐに見据えていた。静かに、音も無く目が合う。何だか無性に嬉しくて、無性に泣きたくなった。


「また、いつか会える日まで」


空気に溶けるような微笑みを浮かべて、残酷な言葉を堂々と放つ彼女の姿は余りにも美しくて。言葉も何も出なくなって、俺はただ、小さく小首を傾げた。

行くなと言って、彼女を困らせたくない。ここで泣いて、彼女に恥をかかせたくない。ここで笑って、彼女に可笑しな誤解を抱かせたくない。
選択肢が全て閉じられていた。だから、何も出来なかった。愛おしい彼女の白い腕が、俺の頭から離れてゆく。彼女の淋しそうな笑顔が、くるりと向こうを向いてしまう。

さよなら、なのか。ああ、結局最後まで、愛してると言えなかったな。ヘタレだな、馬鹿だな、俺ってやつは。

心の中で大きくなってゆく彼女への思いと相反するように、みるみる内に小さくなってゆく彼女の背中。それを見ながら、久し振りに声を上げて泣いた。



カラジューム:花言葉は
爽やかさ



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妹さんは爽やかで明るい印象があります。笑顔がとても素敵な方なんだろうと思っています。会いたいですねえ。本当に。ディーノがなんか可哀想な感じになりましたが個人的にはすごく書きやすくてお気に入りな別れ方です。はなださんRTありがとでした!



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