お腹の底から絞り出すような声で、我が仇敵の名前を呼ぶ。いや、呼ぶ、というより叫ぶ、と表現した方がしっくりくるかもしれない。

兎にも角にも、私は忍たま長屋の屋根上から全力で彼の名前を声に出した。すると三秒も経たずに、真下にある部屋の襖が鋭い擬音を伴って開く音、それから物凄い勢いで外へと飛び出してくる足音が聞こえてくる。ああ本当に、反応早いよなあ。


「おい!」
「あ、おはよう久々知」
「何時も、俺の名前を叫ぶなと言っているだろう!」
「そうだっけ?」
「知らないフリをするな!」
「ごめんごめん、あ、あと久々知、仮にも忍たまなんだから足音は普段から気を付けておいた方がいいよー」


知ってる。こういう風に偉そうにものを言うと、久々知はとても苛立つという事を。それで苛立ったついでに、普段なら決して来ないだろう屋根の上に上がってくるという事を。
知っていて言ってしまう私は相当性根が悪いのかもしれないけれど、でもやはりムカつくのだから仕方ない。

秀才、久々知兵助。
そう呼ばれる彼を、私は追い掛けている。勝手にライバル視されている久々知は可哀想だと私自身も思うが、ライバルはライバルだ。私にとって久々知は越えられない壁であり、いつか越えなければいけない壁でもある。だからこう、いつも突っかかってしまう訳であって。

一瞬の内に隣に、つまり同じ屋根の上にやって来た久々知にへらりとした笑顔を送る。少しだけ頬を上記させ、私の名前を唸り声のような低音で紡いだ久々知の黒髪が、柔らかな春の風を孕んで揺れた。


「何よ、そんなに怒らないでよー」
「お前の聞き分けがないからだろ」
「仕方ないでしょ、この間の試験の結果に落ち込んでるんだから」
「落ち込んでるなら静かにしろよ」


呆れたような溜息と一緒に吐き出された久々知の言葉に、私もゆっくりと鬱な吐息を掛ける。普段は案外ぼけっとしている癖におかしな所で敏感な彼は、どうやらそんな私の変化に気付いてしまったらしく、何故か無言で顔を覗き込まれた。綺麗な黒目と、当然のように視線がぶつかる。

久し振りに見た近距離からの久々知の顔は、以前にも増して大人びたように感じられた。無論、そんな感想を声に出したりはしないけれども。


「どうしたのだ?」
「…別に」
「お前が通常以上に騒がしい時は、必ず何か辛いことがあった時だ」
「そんなことない」
「ある。言え」


言え、って、あのね。そう思いはしたものの、命令しないでよ、という文章は口に出来なかった。何故か、なんて理由は簡単だ。ガッと、唐突に、久々知が私の左手を掴んできたからに他ならない。

びっくりしてその黒い瞳をぽかんと見詰める。真面目な光が宿っている彼の目に、不覚にも言葉を失った。


「教えてくれ、お願いだから」
「…先生、が言ったの。男女の差は覆す事が出来ないのだから、無駄な足掻きは止めなさいって」


目を伏せて正直に話すと、久々知は漸く左手を離してくれた。どういう事がじんじんと熱をもつ手首は見て見ぬ振りをして、ゆっくりと溜息を漏らす。こんなに格好悪い姿をライバルに見られるなんて、今日は一体どんな厄日なんだろうか。


「久々知、なんかごめん…」
「…昔は兵助だったのにな」
「は?」
「…なんでもない。無理するな」


お前の事を一番分かっているのは、俺なのだから。
そんな台詞を落としながら、久々知は小さく微笑んだ。きっとその笑顔の中には、元気出せよという意も篭っているのだろうと勝手に解釈をして、大きく肺に息を貯め直す。

本人がこんな風に言うのだから、まだ、追い掛けていても良いのかな。うん、そういう事にしよう。正面の久々知の微笑みに応えるように、もう一度大きな声で、自分自身の鼓膜を揺らした。「いつかは越えてやるんだから」そう、いつかは。



サイネリア:花言葉は
常に快活



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TLで見掛けるマイちゃんはいつも元気というか、まあ良い意味で活発なイメージがあるのでこのお花になりました。が、ちょっと設定詰め過ぎてssじゃ上手く伝わらない感じになりましてアッアー!と悶えています申し訳ない。秀才久々知が片想いしてるんですはい。マイちゃんRTありがとでしたー



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