「また玉砕してきたらしいですねィ」


放課後の人気のない教室の隅で、真剣な目をして微分関数と格闘している小さな頭にそう声を掛ける。スッと顔を上げた彼女は俺の嫌味ったらしい挨拶を厭う訳でもなく、ただ少しだけ残念そうに微笑んで小首を傾げた。沖田、と耳慣れた彼女の高い声が、夕陽が作ったオレンジ色の空気に静かに浮かぶ。


「アンタも飽きやせんねィ」
「そう?まだ三回目だけど」
「しかも相手が相手だし、とんだ好き者ですぜ」
「あはは、まあね、そうかもね」


コイツには好きな人間がいる。俺達の担任だ。二十代後半の、少し草臥れた男だ。

生徒と教師の恋は女子達にはやれ禁断だやれ年の差だと随分に憧憬の眼差しを浴びているらしいが、実際はそんなの成り立つ筈もない。高卒というある種のラベルと、教員免許という食いっぱぐれない為のパスポートと。それらを大した覚悟もねぇ連中が気にして抱えながら、真っ向からの恋愛なんて出来る訳がないだろう。

それなのに、だ。なのにコイツは本気でその教師に迫っていた。俺が今まで見てきたどんな女よりも澄んだ眼差しで、毎度毎度怠い授業を展開するあいつを見ているのだ。全く馬鹿らしい。しかも、何度か告白してその都度フられたというのに諦めないのだからタチが悪いったらありゃしねえ。

頑固なのか、何なのか。よく分からないが取り敢えず馬鹿馬鹿しいとは思っていた。そんな、今現在の恋愛感情にだけ振り回されて何が楽しいのやら理解できない、と、俺は思う訳だ。


「いい加減、諦めたらどうでさァ?」


気付いたら、そんな言葉が唇の端から飛び出していた。何故か、無性にコイツを救ってやりたくなったのだ。明らかに不毛な、報われない慕情を持て余している彼女を。救ってやる、なんて何様かと言われるかもしれないが、それでも確かに彼女をあいつから「救出」してやりたいと、思ったのだ。


「…ありがと、沖田」
「目が覚めたんですかィ?」
「ううん、全然」
「ハァ?」
「…わたしね、諦めるなんて出来ないの」


驚く程透き通った声音で、真っ直ぐに伸びた背筋を俺に見せ付けるかのように、彼女は静かに目を伏せる。死んでいいと、思ってるから。あまりにも重い言葉だと思った。でも、その気持ちが嘘ではないことは、彼女を見れば一目瞭然だった。

途端に声が出なくなる。何の音も返す事が出来なくなる。辛うじて返した反応は、わざとらしくやれやれと肩を竦めてみせる事くらいだった。まあ、目を伏せている奴に俺のそんな動きが見えたかどうかは分からないけれどな。


「馬鹿みてえ、でさァ」
「うん、そうかも」
「…まあ、精々気張りなせェ」


気張れ、とは言ってみたものの、何故だか心の内にどんよりした靄が掛かったような気分だった。こう言っては癪な気もするが、彫像みてえなこの馬鹿の姿がヤケに俺の網膜を刺激してくる。

何故か。眉根を寄せて考えれば、ものの三秒で答えは見つかった。眩し過ぎたのだ。どんなになっても折れない、折れない覚悟のある彼女の姿が。だから俺は、コイツに対して何やらおかしな感覚を持て余す訳だ。そう気付いた。

ただ俺は、実はコイツにどこまでも真剣な目で見られたかったのだ、という事実には、まだ気付く事は出来なかった。それもこれも、きっと彼女の直向きさが全てを掠めたのが原因だ。そうだそうに違いない、でさァ。



山茶花:花言葉は
ひたむきさ



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夏目ちゃんはとても一途で、たくさん悩んでいてもひたむきに前を見ていられる、というイメージがあります。友達にしたら一生支えてくれるような性格だと。そんな訳なのですが何故か文章の瓦解が激しくてほんと沖田と夏目ちゃんに申し訳ないです。RTありがとうございましたー
写真:http://www.kiy2.com/さんより



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