「夜は朧気ー麗し君ー」
「…おい酔っ払い」
「健気な瞳ーしとやかな君ー」
「おーい雌豚、歌ってないで話聞けィ」
「沖田は鬼ー土方は阿呆ー」
「殺しやすぜ?」


微笑みながら相棒の柄に手をかけると、どうやらそのカシャリという音で漸く事態に気付いたらしいなまえが小さく後退りをする。
全く、人が黙って聞いてりゃ何なんだこの女。そもそも何故俺がベロベロに酔ったこのバカ女を部屋まで連れて行ってやらなきゃならねえのか。そこから文句を言ってやりたい。

だが当のなまえはそんな俺の多大なる足労など知ったこっちゃないと言わんばかりに、今度は何故かヘラヘラ笑いながら俺の肩に腕を回してきやがった。公害並みに酒くさい。斬っていいかコイツ。


「酒臭え女は嫌われますぜ」
「うっせー沖田あ、一緒に飲もう!」
「お断りしまさァ」
「えー何で」
「俺ァアンタを連れ戻しに来たんでィ。さあ行きやすよ」


そう言って、なまえの手が肩に回っている事を良いことにその場を強引に立ち上がる。無論不可抗力でこの馬鹿女もグダグダながら立ち上がる訳で、彼女は「嫌だあ」「沖田も飲もうよお」とかやたら語尾を伸ばす気持ち悪ぃ喋り方で応戦してきた。が、無視だ無視。こんな大人にゃなりたくねえなあ、っと。

力任せにズルズルと気怠い体を引っ張っていこうとするが、如何せんジタバタ暴れやがるもんでなかなか上手くいかねえ。自分で言うのも何だが口が裂けても気長とは言えない俺は、やっぱり斬った方が早いか、なんて安易に考え付いて再び剣の柄に手を伸ばした。が、つかめない。何故か。

それはなまえが酔っ払いとは思えない力で俺の柄を押さえているからに他ならなかった。


「…何しやがんでさァ」
「えー、よぼおせえん!」
「ハア?」
「沖田があ、斬りかかってこらいよぉに、だよお」


流石は男所帯の真選組に一人身を投じている女だ。どうやったら剣を抜きづらいのかきっちり分かってやがる。つうかこの白くて細え腕の、どこにこんな力が。


「放してくだせえ、クソ女」
「やらあ、一緒にぃ、一杯やってくれたら考えうけど」
「そりゃお断りだっつの。」
「じゃあ、や!」
「……分かりやした。じゃあ剣は抜かないでおきまさァ、って事で行きやすぜ」


これ以上この酒の席で押し問答を繰り広げる訳にもいかねえ、仕方無くなまえを手負いにしてから連れ出すのは止めて力ずくで引っ張ってゆく事にした。全身の力を込めて彼女の肢体を何とか動かしていく間にも、この馬鹿女はイヤイヤ!とかマジ意味分かんねえことを口走っていた。コイツじゃなかったら確実に蹴り飛ばして首輪付けてたな。

…って、ん?
何で俺ァコイツを調教しようとは思わねえんだろうな。
自分でも自分がよく分からないまま、問答無用でなまえの腕を引きずっていく。酔っ払い女の抵抗を悉く無視しながら、だ。俺は凄いと思う。

そして宴会場を無事退出し、暗い夜道に出る頃になって漸くなまえは大人しくなっていった。何時の間にか俺の手を離れ、千鳥足ながらもひとりでペタペタと歩いていく馬鹿女。全く、危なっかしいったらありゃしねえ。意味もなくヒヤヒヤした。それはコイツが完全なる酔っ払いだからであって、決して俺がこの女を気になってるとかそういう訳じゃない。と思う。いや思いたい。

ガシガシと頭を掻いて色んな意味で有り得ない邪念を振り払おうと試みていた時、突然斜め前を覚束無い足取りで歩いていたなまえが振り返って「ねえ、沖田あー」なんて俺の名前を読んだ。宴会場じゃごちゃごちゃし過ぎて気付かなかったが、酒の力という奴に底上げされているなまえの声はいつもより艶っぽかった。まあだからって欲情はしないけどな。つーか誰がこんな女に欲情なんてしてやるもんか。


「何ですかィ?酔っ払い色魔」
「色魔ってなによ!わたし、襲われるほうらもん!」
「へーへー。で?」
「今度はあ、沖田も一緒に飲みいこおねえ、て」
「…サシなら受けて立ちまさァ」
「さし!いいよう!」


負けないもん、とかヘボそうな宣戦布告をかましながら嬉しそうに顔を綻ばせる馬鹿を見て、何故かこっちまで笑顔になりそうになった。おかしい。こりゃ明らかにおかしい。頭のネジでも抜けたんじゃねえかと一度自分の拳で頭をゴツンと叩いてみる。が、もちろん何の効果もなかった。

しかもそんな馬鹿やってる間にもこの酔っ払いはフラフラと漂うように今度は俺の隣にやってきて、それから何故か腕を思いっきり絡ませてきた。迷惑にも程があるなコイツ。とは思うのに振り解けねえ俺は、本当に一体全体どうなっちまったと言うんだ。誰か教えやがれ。


「わたし、けっこお沖田の剣すごいと思うー」
「そりゃどーも」
「でも私のがあ、強いけどね!」
「言ってくれやすねィ、酔っ払いのクセして」
「なに、駄目らのお?」
「別に。つか、なけなしの胸当たってやすぜ」


からかうようにして指摘すれば、なまえは、え、と短い声を上げた。普通の女なら、少なくとも俺が知っているような女という奴は大抵この時点で顔を真っ赤にして腕を外すか、バレたかと言わんばかりに更に胸を押し付けてくるかのどちらかだ。

だかコイツはどうやら普通の女共とは根本的に違う生き物らしい、「なけなしじゃらい!訂正してよお!」と胸よりも台詞の訂正を求めてきやがった。つまり、まあ依然胸は押し付けられたままな訳だが、本人はそんな事は意に介していないらしい。なまえらしすぎて逆に笑える。段々腕が熱くなってきやがった。


「なけなしじゃない、分かる?」
「分かりやせん」
「んだと!じゃあ其処の居酒屋に入る!」
「ハア?意味分かんねえ」
「だから、居酒屋で確かめてみればいいれしょ!」
「…は?何をでィ?」
「むねぇ!なけなしじゃないんらからあ!」


半分涙目で、いつもより色っぽい声で、しかも何故か胸は腕に当てられたままで。
多分無意識なんだろうが、恐ろし過ぎる色仕掛けに目眩がしてきた。おかしい。つーかこれは駄目だろ。反則だろ。なまえのクセに、狡いだろィ。

渋々といった感情を装って小さく溜め息を吐いたのと、なまえを俺以外の野郎との酒の席には絶対に行かせないと決めたのと。当たり前だが、それは同時だった。




いろはにほへと千鳥足



(title:√A)
(20130129)



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -